書評
2022年8月号掲載
原田ひ香『財布は踊る』刊行記念特集
分にふさわしいものしか手に入らない
『三千円の使いかた』が60万部を超えるベストセラーとなった原田さんの最新作は、気になるお金の「今」がテーマ。
対象書籍名:『財布は踊る』
対象著者:原田ひ香
対象書籍ISBN:978-4-10-103682-3
私が子どもの頃、両親はよく、「金は天下の回りもの」といっていた。いつかうちもお金持ちに、と期待をこめていたのだろうが、残念ながら天下を回っているお金は、我が家だけを避けているようだった。そんな生活を送っていると、大人になってお金に対してきっちりしそうだけれど、私はならなかった。
これまで株とか投資とか、様々な勧誘を受けてきたが、すべて無視した。あるときもないときも、それなりに暮らせばいいと考えていたからだ。金銭感覚がしっかりしている知人からは、
「私があなただったら、計画を立てて貯金や投資をして、今頃は賃貸アパートの一棟くらい買って、大家生活をしているけどね」
といわれたこともあった。その言葉にも、「ふーん」と思っただけだった。
そんな私でも、お金に関する長編小説、「財布は踊る」はとても面白く読んだ。主人公は、夫と十ヶ月の息子がいる、節約に精を出す専業主婦、葉月みづほである。そこまで節約しなくてもと驚きつつ読んでいたが、これは現代の少なくない数の、主婦のリアルな姿なのだろう。
彼女は学生時代にハイブランドの長財布を持てなかったせいで、グループの仲間から浮いているような気がしていた。お金に無頓着な夫とは、うまくいっているような、いっていないような関係で、将来は、子どもにお金の苦労をさせない生活をと思い続けている。
節約に励んだ結果、彼女は家族旅行先のハワイで、念願のハイブランドの長財布を買い、自分だけのものという証に、イニシャルまで入れた。ところがそれを手放すはめになってから、物語が大きく動きはじめる。
今は「金は天下の回りもの」という言葉は聞かれなくなり、インターネット上のオークションサイトやフリーマーケットの出現で、物が天下を回りはじめるようになった。登場するのはFXのマルチ商法をしている男性、投資に失敗したその彼の知人、みづほが崇拝している、節約のカリスマの女性、奨学金返済に悩む三十代の女性二人。第一話を読み、第二話のページを開いたところで、
「あっ、なるほど」
と著者からの仕掛けに気がついた。それからは次はどういった展開になるのだろうかと、読みながらわくわくしてきて、次のページをめくるのが待ち遠しいほどだった。
本のなかで、「私はお金が大好きなの」「お金のことを考えるのも大好きなの」と堂々と口に出す人物がいる。人はお金によって人格が変わるのを我々はよく知っている。かつてはお金のことをあからさまに話すのは、恥ずかしいことといわれていたけれど、今はそうではなくなった。テレビで、平気で収入や豪邸の購入価格を公言する人がいる。お金に関する話題も多くなってきた。
私はお金の情報に疎いので、この本を読まなければ、FXのマルチ商法や株投資、奨学金について知らないままだった。友だちが都内に家を建てることになり、話を聞いて関心を持ったのだが、新型コロナウイルス拡大のなか、なぜ都内の住宅地の地価が上がり続けているのか、不思議でならなかった。しかし本を読んで理由がわかった。読まなければ一生、首を傾げたままで終わっていただろう。
最後に葉月みづほは、過去の自分の執着を捨て、前を向いて新しい生活をはじめようとする。人と財布が巡り巡った後、登場人物の多種多様な行いが回収されていく。人は自分と他人を比較して、いくら高望みをしても、分にふさわしいものしか手に入らない。望んでいた生活ではなくても、自分のいる場所に心の安らぎを見いだせる人が幸せになれると。
お金に関心がある人も、そうではない人も、話の展開がとても面白いので、みんなが楽しめる本なのは間違いない。そのうえお金に無頓着な私でも、ちょっとお金の知識が増えて、得をした気分になったのだった。
(むれ・ようこ 作家)