対談・鼎談

2022年8月号掲載

原田ひ香『財布は踊る』刊行記念特集

お金と、株と、どん底と。

桐谷広人 × 原田ひ香

『財布は踊る』を刊行した原田さんと、“優待名人”桐谷さん。気になるお金の話をしていただきました。

対象書籍名:『財布は踊る』
対象著者:原田ひ香
対象書籍ISBN:978-4-10-352512-7

原田 今日も自転車でいらっしゃったのですか。

桐谷 はい、「あさひ」という自転車販売の企業の株主優待でもらった、いつものママチャリで来ました。都内の自宅から新潮社まで、三十分もかかっていません。このくらいの移動なら、少々の雨でも合羽を着て自転車で向かいます。対談のご依頼をいただいたときに聞いたのですが、僕の講演会に来てくださったことがあったとか。

原田 コロナの前、丸の内での桐谷さんの講演に、一ファンとしてうかがいました。講演のあとにツーショット写真まで撮らせていただいたんです。

桐谷 では、今日は「はじめまして」ではないですね。

原田 はい、こうしてお話しできるのは本当に光栄です。

桐谷 原田さんの最新刊『財布は踊る』を読ませていただきました。僕は普段は宮城谷昌光さんの作品など、主に歴史小説を愛読していて、原田さんの作品を読んだのは初めてでした。
『財布は踊る』は、映画「パルプ・フィクション」のように、様々な登場人物の五つの話が最後の第六話でひとつにまとまってくる。そこがとてもおもしろかった。第一話で人生のどん底を経験した主婦、葉月みづほが、第六話であんな変身を遂げるとは想像できませんでした。
 ひとつのルイ・ヴィトンの財布が流れ流れて、いろんな人の手を経ていくという、ハラハラしながら楽しく読める小説です。でも、その背景には、「世界の先進国は収入が増えて豊かになっているのに、日本だけが独自に貧しくなっている」という重い現実があるように思いました。登場人物たち、皆、様々な事情でお金に困っていますしね。

株をやってうまくいくと……

原田 私は桐谷さんのご著書を全部読ませていただいています。『桐谷さんの株入門』『桐谷さんの米国株入門』(ともにダイヤモンド・ザイ編集部編)も刊行されてすぐ入手しました。桐谷さんから教わったことを『財布は踊る』にも入れているんです。たとえば、株主優待券が目当てで日本マクドナルドの株を買う、野田裕一郎というサラリーマンが出てきます。この優待を知ったのも、桐谷さんが紹介していたからです。

桐谷 野田裕一郎とは、「人生は五千万を作るゲーム」と豪語していた、株の信用取引で大変な目に遭う会社員ですね。だいたい株をやっていてうまくいくと、信用取引に手を出して痛い目に遭うんです、僕みたいに(笑)。
 ところで、日本マクドナルドの優待券一枚で好きなハンバーガーが一個もらえるのですが、トッピングも三つまで無料でつけてもらえるのをご存じですか。僕はいつもトマトを三枚つけてもらっています。

原田 知りませんでした(笑)。

桐谷 僕の勧めた優待株を買ってくれている人は結構いるみたいで、先日も秋葉原の「うな匠」で鰻を食べていると、「桐谷さんが言っていたからこのお店の株を買いました」と男性が声をかけてくれましてね。紹介した株を買って喜んでもらえることはうれしいです。僕は常に優待券を入れた通称「優待財布」を持ち歩いて、使えるチャンスを逃さないようにしてるんです。

原田 アコーディオンみたいに広げられる、すごくたくさん優待券が入ったお財布ですね。

財布いろいろ
優待財布(上)など桐谷さんのお財布コレクション

桐谷 今日は、『財布は踊る』について語るということで、優待財布以外にも、普段お金を入れている財布、ラスベガスのカジノで儲けた三千五百ドルが入った財布、優待でもらって使っていない財布など、手持ちの財布を持ってきました(写真参照)。

原田 こんなにたくさん持っていらっしゃるのですね。
 そういえば、少し前に桐谷さんの節約術が載っているのを月刊誌「ザイ」で読みました。『財布は踊る』の主人公、葉月みづほも顔負けの節約術で、びっくりしました。みづほは、スーパーをはしごしてなるだけ安い食材で美味しい献立を作ったり、メルカリで値切ってシーズン遅れの中古の洋服を買ったり、いわばお金の節約をします。でも、桐谷さんのやっていらっしゃることは節約以上のものがありますね。

桐谷 とにかく無駄遣いがきらいでね。テレビなどのロケで新幹線での移動があるときに、番組制作会社に「グリーン車に乗っていいですよ」と言われても、絶対に乗りません。タクシーにも極力乗らず、自転車か電車が基本です。

原田 人のお金でも無駄遣いされないのですね。

桐谷 外食先で食べきれなかったご飯はビニール袋に入れて持ち帰りますし、こういう場で出していただいた紙コップや割りばしも持って帰って、家で洗ってまた使いますよ。そんなことしても、いくらもお金が浮かないのはわかっているのですが、地球温暖化が気になっていましてね。

原田 桐谷さんの場合、節約というレベルを超えて、ものを最後まできれいに使い切るという「始末」ですね。

桐谷 『財布は踊る』の冒頭で、みづほが憧れているお財布アドバイザー、善財(ぜんざい)夏実による「シャワーの水がお湯になるまでに何リットル水が流れるか」という話題が出てきますが、僕もお湯になるまでの水を必ずバケツに貯めて、洗濯に使っています。

原田 お湯になるまでに六リットルくらいの水が流れるので、流しっぱなしにするのはもったいないですよね。

桐谷 『財布は踊る』には、節約をはじめ、株や不動産の投資や、奨学金返済のことなど、取材なのか、原田さんの実体験なのか、いろんなことが詳しく書かれていますね。原田さんご自身は投資をしているのですか。

原田 はい。二十代の頃から投資を始めました。

桐谷 ずいぶん早いですね。僕は三十代半ばからでした。

原田 大学の先生のひと言がきっかけで、お金を貯めてみたのが始まりでした。先生があるとき、「就職して実家から勤め先に通うとしたら、月に八万円ずつ貯金しなさい。これで一年で九十六万円貯まる。それに加えて、年二回のボーナスから二万円ずつ貯金しなさい。そうすると年間百万円貯めることができる。結婚するまでに三百万くらい貯めたら、結婚して仕事をやめても、気持ちの上で自立していられるよ」とおっしゃったんです。それまで貯金のことなんか考えたことがなかったので、目から鱗でした。卒業して丸の内のOLになったとき、先生が言った通りに毎月貯めてみました。

桐谷 実家住まいでも、初任給から八万円貯めたのはすごいですよ。

原田 一年間で本当に百万円貯められたときに「こんな大金をどうしたらいいのかな」と思って職場の近くにあった山一證券に相談に行きました。確かポンドにしたと思うのですが、勧められた通り、外貨建てファンドに投資して、ひと月くらいでするすると百三万円になったんです。その後も「次はオーストラリアドルにしませんか」と勧められたりしていましたが、山一證券が自主廃業してしまって……。

桐谷 忘れもしない一九九七年十一月二十四日。山一の破綻は僕の人生にも大きく影響しました。

原田 秘書室勤務だった私は、山一破綻のニュースを知ってすぐ、室長に「すみません、山一證券がつぶれたみたいなんですが、百万円ほど預けていまして」と涙ながらに話したら、室長も真剣な顔で「いますぐ行ってきなさい」と。仕事を抜け出して、走って見に行ったら、シャッターがほとんど下りていました。五十センチくらい開いている下の隙間から中を覗いて、「すみませーん」と大声で必死で呼びかけたのですが、誰も出てきてくれず、しばらく立ち尽くしていたのを覚えています。

桐谷 でも、投資信託なら、預けたお金は戻ってきたんでしょう。

原田 はい、後日、百万円が戻ってきてほっとしました。

紙切れになった株券の束

桐谷 良かったですね。僕の場合は山一の株券だったから、紙切れになってしまいました。山一で信用取引もやっていたので、どん底でした。
 でも、その後、こんなことがあったんですよ。二〇一二年、カンニング竹山さんの番組に出演が決まったとき、収録に優待品を持ってきてくださいと言われ、山一の株券も持って行きました。台本では、僕の発言箇所はすべて「優待品を触りながら、意味のないことを言う」と書いてありましてね。

原田 ひどいですね。日本テレビ「月曜から夜ふかし」などでの、今の桐谷さんの人気からすると、十年前とはいえ、そんな扱いだったとは驚きです。

桐谷 僕も台本通りでは面白くないと思っていたところ、経済評論家の方が「株価は五年間は回復しない」と長々と話したんです。そこで僕は、山一證券の株券と、同じく紙切れになった五十社くらいの株券の束をドンと机に出して、「山一がつぶれても一年後には株があがったし、NYの貿易センタービルがテロにあったときも一年も経てば回復しました」と発言したところ、竹山さんが「山一の社長の会見を見たとき、どう思ったんですか」と聞いてきたので、「泣き虫だと思いました」。そこへ間髪入れずに竹山さんが「桐谷さんは、『泣きたいのはこっちなのに』と言いたいのですね」と返してくれましてね。
 そのあとも優待券で蟹を食べたら歯が欠けた話をしたりして、「こんなおもしろい素人は初めて」と竹山さんに言ってもらえて、それからバラエティに出演させてもらっています。だから、紙切れになった山一の株券も、結果的には無駄にはならなかったんですよ。

原田ひ香

原田 『財布は踊る』のみづほが夫が作った借金が元で、どん底に落ち、そこから自分で人生の道を切り拓いたのと重なりますね。

桐谷 まさに人間万事塞翁が馬です。先ほどマクドナルドの優待の話題で名前が出た野田裕一郎のように、僕も株価の暴落でどん底に叩き落されたことがありました。一九九〇年のバブル崩壊のときは将棋どころではなくて、順位戦で初めて十戦全敗になってしまったこともありました。

原田 やはり、将棋には精神的状態の影響が大きいのですね(笑)。

桐谷 それは大ありです。信用取引ではマイナスになったら追証がきますから、金策に追われてベタ負けしましたね。株をやっていた棋士は皆、負けていました(笑)。バブル崩壊のあとは、先ほど話した九七年の山一證券の破綻、そして二〇〇八年のリーマンショック。一日二千万円の損失を三日間続けて出したときは本当に死にそうでした。〇九年三月十日がバブル崩壊以降の最安値、七〇五四円で私の気持ちも底の底。お金がないのに家賃を払わないといけない。追い詰められたときに届いたのが株主優待品でした。

原田 「優待名人」となられたきっかけは、そこからですか。

桐谷 はい。届いた株主優待の食品や金券で、三、四年は食いつなぎました。
 要するに、信用取引は「猛獣狩り」、株価上昇を見込んでの投資は「狩り」、優待目当ての投資は「農業」。猛獣狩りはふつうの人にはできない。逆に猛獣に襲われてしまって命にかかわります。狩りだって、運動神経がよっぽど良くないとケガをします。農業は急にはもうからない。まずは種を植えて成長を見守らないといけません。でも、調べたり教わったりして堅実に取り組めば、素人でも少しずつ収穫ができます。

原田 リーマンショックの頃が桐谷さんの人生で一番のどん底ですか。

桐谷 いえ、人生でもっとも死にかけたのは、十八歳半で将棋の世界に入って二十五歳で四段になるまでの間です。お金がないので一食十七円のインスタントラーメンを一日二食食べていたら胃潰瘍になりましてね。

原田 今お元気だから笑ってしまいますけど、それは大変でしたね。
 定年退職する六十歳をすぎた頃から、人はだんだん外出しなくなりますね。でも桐谷さんは、七十歳をすぎていらしても、優待を使うために映画を観たり、外食したり、アクティブですね。

桐谷 まさにそれが、僕が優待投資を人に勧めたい理由なんです。優待券があれば、使うために外出せざるを得ないですから。「お金に余裕がある人は優待がいい株に分散投資してください。生活が楽しくなりますよ」と講演会などでいつも話しています。そういえば、『財布は踊る』の最後の方に、ひとり暮らしの老人が出てきますね。

孤独はタバコ十五本分

原田 ええ、あの老人は孤独ゆえに、ある人物を家に招き入れます。私は、さみしさから話し相手を求める、おじいさんの気持ちがよくわかる気がします。

桐谷 孤独はタバコを一日十五本吸うくらい体に悪いという研究結果があるそうです。イギリスでは二〇一八年に世界で初めて孤独問題担当大臣を置いたのですが、それほど孤独の問題は大きいんです。株主優待券で、誰かを誘って一緒に食事に行くのも、使わない券を人にあげたりするのもいい。人と触れ合うきっかけになります。株主優待は使用期限があるところがかえっていいんです。現金は期限がないから、使わないままになってしまう。

原田 お金はあの世までもっていけないので、元気なうちに活用しないと、もったいないですよね。

桐谷 昔は「お金の話をするのは品がない」という風潮がありましたが、だんだん薄れてきました。二〇一九年に金融庁の報告書が元で話題になった「老後二千万円問題」で、皆、「そんなにあるわけない!」と憤ったりして、お金の話題がタブーではなくなりつつあります。『三千円の使いかた』と、具体的な金額をタイトルに出した原田さんの作品も大ヒットしていますね。

原田 ありがたいことに、六十万部を超えました。『三千円の使いかた』は元は「節約家族」というタイトルでした。本を出す前に中央公論新社の営業部の方が「そのタイトルでは売れない」と言い出して、新しくつけてくれたのが『三千円の使いかた』です。
 ところで、『桐谷さんの株入門』によると、桐谷さんは総資産四億円が目前とか。すごい資産ですが、桐谷さんにとってお金とは何ですか。

桐谷広人

桐谷 僕にとって四億円というのはただの数字みたいなもの。この歳で食べるのに困っていないのはありがたいことですが、お金を使って贅沢したいとはいっさい思いません。

原田 それはまた、どうしてですか。

桐谷 僕の父親の影響が大きいですね。父は「貧乏ほど幸せだ」「金持ちはみんな悪人だ」「世の中の人がみんな幸せになるまで、自分が幸せになっても意味がない」としょっちゅう言っていました。若い頃は「ちゃんとした仕事をして金持ちになった人は悪人じゃない」と反論して、喧嘩したりもしました。でも、結局あれほど反発した父の言っていたことが染み付いて、今もお金が使えません。実際は株の配当金だけでもけっこう贅沢な生活はできるのですが、お金が使えない性分なので、優待品で暮らしているというのが実情です。

原田 お父さま、一徹な方ですね。

桐谷 小学校のとき、親の学歴を記す書類がくるたびに、父は「尋常小学校卒と書いておけ」と。今から二十年くらい前、初めて父親が大卒の資格を持っていたことを知りました。つまるところ、反権力だったんでしょうね。変わった人間で、いっさい金儲けはしませんでした。法律の無料相談や住民運動をしながら、終生すごく貧乏でしたが、不満は決して漏らしませんでした。

原田 確かにお金を持っているかどうかと、幸せかどうかは、まったく別の問題と思います。一方で、若い頃も、歳を取ってからも、お金のことを考えるのは大事なことだな、と思っています。誰かの財布をあてにするのではなく、自分の財布は自分で持って、考えて使ったほうがいい。そういう想いを『財布は踊る』に込めました。

桐谷 『財布は踊る』の感想を話し合ったりすると、お金の話もしやすいですよね。節約や投資のことを、楽しく読みながら知ることができるから、とても役に立つ小説です。

原田 この作品がお金について考えたり話したりするきっかけになるとしたら、そんなにうれしいことはありません。今日はお話できて、本当に楽しかったです。


 (はらだ・ひか 小説家)
 (きりたに・ひろと 将棋棋士七段/投資家)

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