書評

2022年9月号掲載

#女性調査官 #ヒロイン ♯新シリーズ!

海外ドラマ的であり人生讃歌でもある

乃南アサ『家裁調査官・庵原かのん』

池上冬樹

対象書籍名:『家裁調査官・庵原かのん』
対象著者:乃南アサ
対象書籍ISBN:978-4-10-371016-5

 ここ数年のことだが、短篇連作が少しずつ変わってきているのではないかと思うようになった。海外の連続テレビドラマの影響をうけてか、ひとつひとつの短篇で物語が決着するのではなく、次回以降に話が続いて、連作全体で完結するような作りが増えているような気がする。連作やシリーズというよりも、シーズンという名称のほうがぴったりくるような物語と人物展開が増えてきた。
 乃南アサの最新作『家裁調査官・庵原(いおはら)かのん』は、福岡家庭裁判所北九州支部に勤める女性調査官・庵原かのんを主人公とする連作である。七本の短篇からなっていて、毎回事件は解決するけれど、同僚たちとの賑やかな会話や飲食(舞台となる北九州周辺の郷土料理や銘菓を美味しそうに食べる)、ゴリラ飼育員の彼とのリモートでの遠距離恋愛模様などを織り込んで、ゆったりとした味わいをもたせている。といっても、事件はけっこう重い。大きな犯罪ではないけれど、でもその少年・少女たちの一生を左右するような背景が描かれてある。
 たとえば、第三話「沈黙」。売春行為および斡旋も行なった少女が冷たく、とっかかりがみえなかったが、少しずつ関係者の過去が見えてきて、最終的には予想外の真相にたどりつく。
 または、第四話「かざぐるま」。中学時代の同級生を守るために高校生らに暴力をふるった少年はにこやかで自信満々だったが、やがて少年の知らない事実が浮かび上がり、かのんは苦慮する。
 さらには、第六話「アスパラガス」。三人の女性を襲い陰部を弄んだ高校生は何一つ語ろうとせず、なんて太々(ふてぶて)しいと思ってしまうのだが、かのんは彼の内面を周辺から探って、ある事実につきあたる。
 そのほかでは、暴走族仲間三人と無免許で暴走行為を繰り返す外国籍少年の家族問題を捉える第五話「パパスの祈り」、マンションの敷地内に侵入してゴミ集積場から高級ブランドのボストンバッグを盗んだ少年の更生を綴る第七話「おとうと」も読ませる。
 特に「おとうと」がいちばんの読み応えだろう。庵原かのんの弟・玲央(れお)を登場させて、事件を起こした少年たちの家庭と、かのん自身の家庭(かのんは父と継母、異母兄弟とともに大事に育てられた)を重ね、「何ごとも人のせいにするな」という父の教えを静かに屹立させて、感動的な結末へと運ぶのである。
 ごらんのように少年犯罪を題材にした連作である。紹介が後先になるが、家庭裁判所の場合、少年には女子も含まれ、十四歳から十九歳までの子が対象。非行を犯した少年とその保護者に会って事情を聴き、性格、生活環境、生育歴などを調査して、「将来ある彼らの可能性を信じて」、事件の「問題の原因を探り、立ち直りへの道筋をつける」のが仕事である。
 だが、それは簡単な事ではない。というのも、家裁調査官に求められるのは「人間力」だからである。「裁判所という法律に基づいて物事を処理する場にいながら臨床の立場に立って、生い立ちも性格も、また背景も異なる、ありとあらゆる人と接する必要があるからだ。仕事の中でもっとも重要な部分は「傾聴」であり、同時に、相手が話すときの仕草や表情、視線の動きなどから、その人の言外の心の状態なども感じ取るように努めることも重要だ」というのである。「法律に基づいて物事を処理する場にいながら臨床の立場に立って」罪を犯した少年・少女たちを診察・治療するがごとく扱う。庵原かのんは、まだまだ若輩ではあるけれど、真摯に、我慢強く、周囲との調整をはかりつつ、人間力にみちた臨床の専門家として少年たちを救済しようとする。
 その姿勢がたまらなくいい。少年たちの犯罪は時代を映す鏡で、貧困、性的虐待、毒親、発達障害、移民など難問が押し寄せるけれど、かのんは逃げずに、正面から立ち向かい、どうあるべきかを静かに問いかけていくのである。
 ここには、あたたかく力強い人生讃歌がある。真っ当で力強く、ときにユーモアをいれて、読む者の心を弾ませる。こういう生き方でいいのだと肯定してくれるし、時にそういう見方もあるのかと気づきもくれて、節々でうんうんとうなりながら読んでいく。もっとミステリ的な展開を求める人もいるだろうが、これは冒頭にも書いたように、連続テレビドラマ的物語なのである。ゆっくりと人生が流れていく。事実、庵原かのんは本書のあと川崎市に転勤となり、民事調停を扱うようになる(これがシーズン2となる)。遠距離恋愛の彼との関係はいちだんと深まるのだろうか。弟・玲央はどうなるのだろう。いずれにしろ、人と人が出会い、再会し、またドラマがはぐくまれ、ゆったりとたしかな手応えをつかむ作品であることに変わりはないだろう。連続テレビドラマのようにずっと付き合いたい、充実の新シリーズのスタートである。


 (いけがみ・ふゆき 文芸評論家)

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