書評

2022年9月号掲載

唯一無二の作品世界をひもとく初の公式ガイドブック

新潮社編『「十二国記」30周年記念ガイドブック』

朝宮運河

対象書籍名:『「十二国記」30周年記念ガイドブック』
対象著者:新潮社編
対象書籍ISBN:978-4-10-354024-3

 二〇二一年九月から今年九月までの一年間は、小野不由美のファンタジー小説「十二国記」三十周年のメモリアル・イヤーだ。
「十二国記」シリーズの記念すべき出発点となった『魔性の子』が、新潮文庫のファンタジーノベル・シリーズの一冊として刊行されたのが一九九一年九月。デビュー間もない新進作家が発表したこの長編を読んで、壮大なファンタジーの萌芽を感じ取った人は、当時ほとんどいなかったはずである。翌九二年にはシリーズの本格的な幕開けとなる『月の影 影の海』が登場。その後、長きにわたって書き継がれ、今日まで長編八作、短編集二作が刊行されている。
 二〇二〇年にはシリーズが第五回吉川英治文庫賞を受賞。「十二国記」は稀代の物語作家・小野不由美の代表作であるだけでなく、現代日本エンターテインメント文芸の金字塔といっても過言ではないはずだ。
 シリーズ累計発行部数一二八〇万部という驚異的なセールスを誇る「十二国記」だが、数字以上に特筆すべきは幅広い世代にまたがる熱いファンの存在だろう。ネットを覗くと「十二国記」のファンアートや二次創作作品が数え切れないほどアップされているし、熱心な読者による考察サイトも複数開設されている。公式サイトのリニューアル時にはアクセスが殺到してサーバーがダウン。十八年ぶりの新作長編『白銀の墟(おか) 玄(くろ)の月』が発売された際は(関東地方に大型台風が上陸したにもかかわらず)多くの読者が書店に詰めかけた。
「十二国記」は、その名の通り異世界の十二の国を舞台にしたファンタジー小説だ。戴(たい)・慶(けい)・雁(えん)など漢字一字の名をもつ各国には、それぞれ王とその補佐役である麒麟がいる。人にも美しい獣の姿にもなれる霊獣・麒麟は、天意に従って王を選ぶ。つまり十二人の王は天の意思によって選ばれた存在なのだが、といって完全無欠でもない。王の葛藤や迷いは政(まつりごと)を揺るがし、しばしば国家の衰退を招くことになる。シリーズは各国で起こる政変や内乱、王の交代などの事件を、王や麒麟、官吏や民などの視点から描いていく。
 十二の国が幾何学文様状に配置された世界は、この現実とは多くの点で異なっている。にもかかわらず読者が十二国の光景に圧倒的リアリティを感じ、懐かしさすら覚えるのはなぜなのだろう。このシリーズには読者の心を深いところから揺り動かす、不思議な力が間違いなくある。
 このほど刊行された『「十二国記」30周年記念ガイドブック』は、そんな「十二国記」の魅力にあらためて迫る初の公式ガイドブックだ。目玉は何といっても短編集未収録だった「漂舶」の掲載だろう。同作は一九九七年に発売されたCDブック『東の海神(わだつみ) 西の滄海』のブックレットのために書き下ろされた作品で、長年“幻の短編”とされてきた。これだけでも本ガイドを手に入れる価値は十分にあるだろう。
 さらに萩尾望都、辻村深月、冲方丁ら「十二国記」ファンを公言するクリエイターによる特別エッセイ。萩尾望都、羽海野チカ、藤崎竜など漫画家・絵師による「十二国記」アートギャラリー。三十年の歩みをあらためてふり返る小野不由美への一万字を超える新規ロングインタビューなど、豪華企画が盛りだくさんだ。編集者や校閲者などシリーズを裏方として長年支えてきた人々の証言も貴重だろう。個人的には『魔性の子』の担当編集者だった翻訳家・大森望による、作品タイトル命名秘話に驚かされた。
 私も全作品紹介や人物ガイド、用語解説、年表などを作成したほか、全体の巻頭言のような文章を執筆している。シリーズ全巻を机に積み上げ、大好きな「十二国記」の世界に没頭していた時間は、仕事を離れてなんと幸せだったことか。
 その巻頭言で「十二国記」は「唯一無二の物語」であると書いた。そこにはいくつかの意味がある。作品自体が優れていることはもちろん、シリーズの成り立ち、ファンからの愛され方、さまざまな点において「十二国記」は唯一無二の作品なのだ。このガイドブックを読んだ皆さんなら、きっとこの思いに共感してくれることと思う。


 (あさみや・うんが 書評家)

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