インタビュー

2022年9月号掲載

新潮クレスト・ブックス『野原』 著者インタビュー

ハンザー出版からゼーターラーへの5つの質問

新作『野原』をめぐって  (訳:浅井晶子)

ローベルト・ゼーターラー

『ある一生』(新潮クレスト・ブックス)がドイツ語圏で百万部を超えるベストセラーとなったオーストリアの作家ローベルト・ゼーターラー。
新作『野原』が2022年10月末に刊行になります。

対象書籍名:『野原』(新潮クレスト・ブックス)
対象著者:ローベルト・ゼーターラー/浅井晶子訳
対象書籍ISBN:978-4-10-590184-0

1

――『野原』は、パウルシュタットという小さな町の死者たちが、おのおのの人生を振り返るという小説です。彼らの語る物語は、互いに寄り合って人間存在というひとつの大きな絵を描き出します。死者に語らせるというアイディアは、どこから来たものですか?

 人生を振り返るというテーマには、以前からずっと興味がありました。死後には人生のなにが残るのか? 人間のなにが残るのか? 思い出はどうなるのか? 前作『ある一生』のテーマも同じです。いまから三十年以上前、私は一九一五年刊行の『スプーン・リヴァー詞華集』という本を手に入れました。その本のなかで、エドガー・リー・マスターズというアメリカ人が、ほぼ三百人の死者たちに、それぞれの人生の短い物語を語らせているんです。それに似たことを、私もやってみたいと思いました。私なりのやり方で。

2

――もし本当に、死後に自分の人生を振り返ることができるとしたら――私たちは、生きているあいだには見えなかった、どんなことを認識するのでしょう?

 たぶん――人生の中身は、体験したことがらに依るのではなく、体験することそのものに依るのだ、ということでは。ただ、そもそもなにかを認識することがあるのかどうか、わかりませんよ。人というのは、認識したいと思うことしか認識できないものですから。死を体験した人間はいません。死はいわばスクリーンのようなもので、我々がそこに投影するのはすべて、生の立場から想像するものに過ぎません――つまり、「死後の生」という想像です。死は、生を語ることによってしか、語ることができないんです。我々の手のなかには、生以外にはなにもないのですから。

3

――あなたは『ある一生』では、一六〇ページほどで、ひとりの人間の人生を描かれた。『野原』では、ページ数はたいして増えていないというのに、三十以上の人生が描かれています。人生の本質的な部分に、どう迫っていかれるのですか?

 いまこの瞬間に身を委ねることで、とか? いや、わかりません。まあ、とにかく苦労の多い仕事です。以前の私は、木を彫るようなものだと言っていました。不必要なものをそぎ落とさねばならない、と。でも、もちろんそれもバカバカしいたとえです。木は、彫ることが可能になるまで、まず何年も育つ必要がありますからね。それに、そもそも不必要なものとはなんでしょう? だいたい、人生の本質的な部分なんていうものはないんですよ。どの人生もそれぞれ違っています。そして、どれひとつとして、煮詰めて「本質的なもの」に還元してしまうわけにはいかない。そんなことをするのは、もったいなくもありますし。素晴らしい料理を、最終的にその栄養素(塩分、タンパク質、炭水化物など)のみに還元するようなものです――そんなことをしたい人がいますか?

4

――人生そのものがそうであるように、本書もそれぞれ異なる物語でいっぱいです。ところが、読んでいると、少し違ったことが――登場人物たちのあいだに、ほとんど魔術的とさえ言える、なんとも描写しがたいなにかが――起こる。そして最後には、まるでひとつの町が、住民たちの歴史を読者にささやきかけてくるかのように思われるんです。いったいなにが起きているのか、説明できますか?

 できません。それは実り多い会話のようなもので、事前に計画することなどできないし、後から説明することも無理なんです。私は多くを本能的に書きます。自分の背後の足跡についてあまり考えすぎると、もう前を向くことができなくなり、つまずき続けることになります。

5

――ローベルト・ゼーターラーはこの本のどこにいますか? ご自身はどの程度パウルシュタットを故郷だと感じておられますか?

 私は、自分の書く物語のなかで、町を歩いたり、走ったり、ぶらぶらしたりします。外の世界でするのと同じように。でも、本当にここが故郷だと感じることは、滅多にありません。私は、ひとつの憧れを追いかけるように書き、生きています。でも、憧れというのは常に謎めいたものです。近づいたと思ったり、憧れが現実になったと思ったとたんに、ふっとまた消えてしまうんです。


(c) 2022 Carl Hanser Verlag, München

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