書評

2022年9月号掲載

ニュースになった「あの人」は今、どう生きているか

読売新聞社会部「あれから」取材班『人生はそれでも続く』

木下敦子

対象書籍名:『人生はそれでも続く』
対象著者:読売新聞社会部「あれから」取材班
対象書籍ISBN:978-4-10-610963-8

 世間では毎日、色んなことが起きていて、私たちはテレビや新聞雑誌、今ならネットニュースを見ながら、その瞬間ごとに「へえ」とか「えっ?」とかつぶやいたり、驚いたりするものです。
 あまりにも多くのことが次から次に起きるので、一つひとつの出来事を細かく覚えているのは難しいでしょう。それでも、ある時期に多くの人の耳目を集めたニュースというのは、その後、ずっと時が経ってから話題にしても、「ああ、あれね」「あの人ね」と一気に時計を巻き戻して記憶を呼び戻す力があります。〈記憶の引っかかり力〉とでもいうべきものでしょうか。
 本書はその力に着目し、かつてニュースで話題となった出来事の当事者たち22人の「その後」を追ったものです。もとになったのは、読売新聞が2020年2月から朝刊で原則月1回連載している人物企画「あれから」。その連載のうち、今年4月までに新聞に掲載された22本の記事を、ほぼそのまま収録しました。
 有り体にいえば「あの人は、今?」ということになりますが、単に近況を伝えるだけではありません。たとえば、「5連続敬遠」で日本中の話題をさらった1992年夏の甲子園での一戦。監督の指示通り、星稜高校(石川)の4番打者・松井秀喜選手の全打席を敬遠した明徳義塾高校(高知)の投手・河野和洋さんですが、5回の敬遠のうち1回だけは、「え、本当にここでも勝負を避けるのか?」と思ったと記者に明かします。
 そこに、選手と監督の深い絆や、何度敬遠されても、「隙あらば打つ」という気迫を一瞬たりとも崩さなかった松井選手の姿が重なって、その後の河野さんの人生が刻まれていきます。後に河野さんが繰り返し見たという夢の内容も、想像を超えて興味深いものでした。
 ニュースの当事者だけでなく、傍らでその姿を見ていた人たちの証言もまた示唆に富み、当事者の歩いてきた道をリアルに浮かび上がらせます。
 日本人初の宇宙飛行士といえば、皆さんすぐに「TBS記者だった秋山豊寛さん」の名を思い浮かべることと思います。ですが、実は秋山さんが宇宙飛行士に選出される直前まで、共にその座を目指して厳しい訓練を重ねた女性がいました。本書ではその女性、菊地涼子さんを当事者に据えたわけですが、そばにいた秋山さんの視点から今、菊地さんの様子を振り返ってもらうと、歴史の一場面を見るような印象深さがありました。
 新聞には毎日、事件や事故、政治の動き、国際情勢、街の話題など様々なニュースが載ります。そこには必ず人がいます。そこにその人がいたこと、そして今も生き、しっかりと人生を歩んでいることを記したのが本書です。一人ひとりの生き様にぜひ触れていただければと思います。


 (きのした・あつこ 読売新聞論説委員)

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