書評
2022年10月号掲載
あたたかくて、かっこいい。姉が編んだはじめての本。
三國万里子『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』
対象書籍名:『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』
対象著者:三國万里子
対象書籍ISBN:978-4-10-354781-5
姉が書いたはじめてのエッセイ集なので、読む前は少しドキドキしました。でも、読み始めたらすぐに引き込まれて、姉の本という意識もなくなり、大好きな作家の作品のように夢中になって読みました。
それでも、特に心に残ったのは、やはり私自身の記憶と重なる話です。
たとえば「苺」という一編。私たちは小学生の時に二回、転校していて、お互いに辛かった記憶があるんです。環境が変わって生きにくさを抱えていた頃のことが書かれていて、すごく共感しながら読みました。
もうひとつは「早退癖」。中学2年生になった姉が学校になじめず、早退を繰り返していた頃のことです。休み時間になると1階の非常口の階段に座って、一人で地面のありを眺めていた、と書かれていますが、1学年下だった私は「お姉ちゃん、やめてよ」と思って見ていました。自分の姉が「ちょっと変わっている」と周囲に見られることが恥ずかしかったんです。
その頃の姉は何か嫌なことがあると、実家の屋根の上で体育座りをして、考えごとをしたり、泣いたりしていました。「お姉ちゃん、飛び降りないでよ」なんて冗談めかして言っていましたが、けっこう本気で心配していました。
同時に、妹の目から見ても姉は特別な人でした。音大を目指していた時期もありましたが、ピアノだけでなく絵も上手で、画家の方に「美大に入った方がいい」と勧められるくらいの腕前でした。勉強は中学も高校も学年トップ。でも、「努力している」感じはまったくなくて、ピアノも絵も勉強も、どれも好きな世界に夢中になっているように見えました。そんな姉のことを、地元の新潟で生きるのは窮屈そうだな、ずっとここにいる人じゃないな、と感じていました。
「編みもの作家」という一編には、まだニットデザイナーになる前、編んだものをはじめて売った時の感動が綴られていて、当時の記憶がよみがえりました。最初は、私が働いていたレストランで、姉の作品を並べて販売したんです。
あの頃、姉は埼玉県の春日部で子育てをしながら、編んだものを私や父母にプレゼントしてくれていました。ある時、姉の家に遊びに行くと、衣装ケースの中に編みものが、それも、すごいクオリティのものが、ぎっしりつまっていたんです。それを見て、こんなに素晴らしいものは押入れにしまっておくべきじゃない、もっとみんなに見てもらわなきゃって思いました。見てもらえさえすれば、絶対に驚かれるに違いないって。
でも、当時の姉は、不安そうでした。私が何か提案しても、「大丈夫かな?」という反応だったり、相談しても決められなかったりすることもありました。家族や親しい人以外とコミュニケーションを取るのがあまり得意ではなく、それが自信のなさにつながっていたのかもしれません。
その反面、ある種の「強さ」は、ずっと持ち続けていました。たとえば、姉は今でも必要な時以外はネットで自分の名前を検索しません。それは、批判的な言葉を読むのが嫌だからではなくて、他人にどう思われているか、気にならない人なんです。作品を通して誰かを喜ばせたい、という気持ちは人一倍あると思います。でも、たとえ誰かに批判されても、それは自分にとって大事なことではないと知っているんです。だからこそ、中学生の頃、一人で階段に座っていられたんだと思います。
編みものの本を出すようになってからは、いい編集者やスタッフさんと出会い、作品も評価されて、人とコミュニケーションを取ることに自信を持ち始めた気がします。いまの姉は、いつもはっきりと自分の考えを話してくれて、どんどんかっこよくなっています。
私自身は、小さな頃から姉を見ていて、生きるのが大変なのは記憶力が良すぎるからじゃないかと思っていました。だから、私はあんまり覚えているのをやめよう、楽しいことだけ覚えていようと、子ども心に決めたんです。
今回の本を読んで、改めてそう思いました。姉には私の知らない、いいことも、しんどいこともあるだろうなって。でも、良いことも悪いことも覚えているから、読む人を幸せにする文章が書けるのだと、思い至りました。そして、これまで姉が感じてきた大変さは、書くことによって昇華された部分もあるような気がします。
はじめてまとまった形で読んだ姉の文章は、とにかくおもしろくて、あたたかくて、心を動かされました。この一冊で終わったらもったいないし、またぜひ読みたいです。
「編みもの作家なのに、文章もうまいね」と余技で書いたように受け取られたら、すごく悔しいです。ニットデザイナーであるかどうかは関係なく、「三國万里子の書いた本」として、たくさんの人に読んでほしいです。(談)
(なかしま・しほ 料理家)