対談・鼎談

2022年11月号掲載

特別対談

あなたが小説を書く前に知っておきたい二、三のこと。

佐々木譲 × 佐藤誠一郎

今年8月に『裂けた明日』を刊行した佐々木さん。
かつての担当編集者であり、この度『あなたの小説にはたくらみがない』を上梓した佐藤さんと、「小説の書き方」のあれこれをめぐって語り合います。

対象書籍名:『あなたの小説にはたくらみがない』/『裂けた明日』
対象著者:佐藤誠一郎/佐々木譲
対象書籍ISBN:978-4-10-610967-6/978-4-10-455512-3

佐藤 佐々木さんとは忘れられない思い出がありまして、1987年に羽田空港で『ベルリン飛行指令』の企画を語ってくださった時に、パッと年表を出されたことを覚えておられますか。

佐々木 もちろん覚えています。

佐藤 1937年に日独伊三国防共協定、39年にポーランド侵攻、40年に日独伊三国同盟、その前後にバトル・オブ・ブリテンがある。その年表の隙間でこういうものが書けると、『ベルリン飛行指令』の構想をお話しになった。私はもの凄く興奮しました。この記憶は私にとって忘れられないものです。ああいうふうに年表を元に構想を膨らませることは、以前からやられていたんですか?

佐々木 あの時が最初です。歴史年表を見るとき、日本の年表、外国の年表、とバラバラに眺めてしまうのですが、横に見ていくと面白いものが見えてくることに気がついたんです。

佐藤 私が新潮新書『あなたの小説にはたくらみがない』を書くきっかけは、作家志望の人たちの中には視野が自分の生活圏内にとどまって、なかなか抜け出せず悩んでいる人が多いと気づいたことです。佐々木さんが日本や世界の年表を眺めるのと対極の姿勢ですね。

佐々木 若い人の作品を多く読んでいるわけではないのですが、自分を中心にした割合小さな半径の話を書く人は確かにいるなと思いますね。それが悪いことではないのですが、小さな半径の出来事は私にとって目下の関心ごと、書きたいことではないというふうに思っています。でも短編などでは書いていますけどね。

佐藤 ところで以前、精神科医で作家の帚木蓬生さんに、「小説を書く理由は?」と伺ったら、「佐藤さん、それは世直しですよ」とおっしゃるんですね。佐々木さんはいかがですか。

佐々木 一言では言えないですが、世の中に対するやや強めの問題意識があるとは思いますね。

佐藤 私は小説もジャーナリズムの一環だと思うんですね。佐々木さんの新刊『裂けた明日』は内戦が続く近未来の日本を描いていますね。南海大震災をきっかけに戦争が起こり衰退の一途をたどる日本。一方、お隣の朝鮮半島には統一国家が誕生している。設定としては近未来ではあるのですが、この世界の出来事は本当に今の日本ですぐに起こってもおかしくないと感じさせられました。

佐々木 まさにその通りです。今作は近未来小説というジャンルに入るでしょうが、今からわずか数年後なのかなとも読める。また、近未来SFでもありつつ、近過去を改変した小説でもあるのです。

佐藤 佐々木さんの近年の著作には、こういった歴史のifを描くものが多々見られますが、作家の腹の底にある動機とは何でしょうか。

佐々木 私は北海道生まれなんですが、小学校の社会科の副読本に北海道は独立していた時期があったと書かれていて、物凄く興奮した覚えがあります。それが「五稜郭」三部作や、真正面から戦争を取り上げた一連の作品に繋がっていきました。
 そういった創作活動の中で、日本の近代史の中でifという問いかけが成立し、かつ小説にしたときに魅力的な局面はどこだろうと考えるようになりました。その結果、例えば『抵抗都市』では「日露戦争にもし日本が負けていたら」という世界を書くことになりました。

「型」を学び、「型」を破る!

佐藤 一方、作品の構成を見ると、まず主人公がいて、そこにミッションが舞い込んでくる。これは佐々木さんお得意のパターンでもありますよね。

佐々木 これはハードボイルドの様式をそのまま使っているんですね。ジャンルの様式を使うと書きやすいんです。例えば『ベルリン飛行指令』は冒険小説で、まず最初に主人公が果たさなければならない「使命」が出てくる。次に長い距離の移動がある。最後に主人公が使命を果たしたとき、読者が読み始めたときとは違った人物になっている。これが様式の一つです。

佐藤 当時、その秘訣を教えてくれていれば、もっといい編集者になれたかもしれない(笑)。

佐々木 言いませんでしたか?(笑)構成と言えば、佐藤さんは著書の中で、ソナタ形式について言及されていますよね。

佐藤 長年小説講座を担当してきた中で、これから小説を書こうとしている、あるいは何作か書いたんだけど……という人に一番相談されるのが、構成の悩みなんです。
 音楽の世界にはソナタ形式というものがあって、それを小説の時間形式になぞらえる方法もあるよという提案をしました。

佐々木 実は、私は自分の作品を書き出すときに構成についてそれほど綿密に考えたことがないんです。せいぜい考えて、発端があって結末がある、その中に、いくつものシーンがあって、串焼きの串のようにストーリーが刺さっている、ぐらいのものです。
 ジャンルにもよりますが、エンターテインメント小説の中には、様式が非常に厳格に出来上がっているものもありますよね。ハードボイルド小説や、冒険小説もそうです。歴史物で言えば捕物帳、決まった様式の中で書くことにこそ意味がある。
 これから小説を書きたいという人たちが考えるべきはその様式。様式のどの部分を踏襲し、どこを外すか。それを考えていくのがいいんではないかなというふうに思うんですね。

佐藤 それは全く同感です。やはり、「型」もないのに「型」を崩すっていうのは愚かです。まずは型を使って書いてから自分なりの方法を模索してほしいですね。
 そういった意味でも、本書では「起承転結」ではなく、「ソナタ形式」になぞらえる理由を解説しています。

これからは「テーマ」が来る!?

佐藤 令和はコロナに戦争にと、今までにないぐらい世界が変動している時期ですよね。
 私は小説にとって何が一番大事かという順番を遊び半分でずっと考えているんですが、60~70年代ぐらいまでは「1に文章、2がテーマ、3・4がなくて、5に筋、つまりストーリーだ」と言われていたんですね。
 その後80年代の後半ぐらいから、「やっぱり小説は面白くなきゃ」、つまり筋重視になってきたのが編集者としての実感です。文学賞の定義にも「豊かなストーリー性」みたいなことが盛り込まれてきて、ミステリー、サスペンス、冒険小説が非常に隆盛を極めた時代が続きました。
 それがひと息すると、今度は「キャラクターだ!」という声が聞こえてきて、書店のポップでも「脇キャラがいい」などのようなコピーがあちこちに並びました。作家も編集者も書店もキャラクター第一主義、というのがミレニアム前後の空気感としてありました。

佐々木 キャラクターと言われると、私なんかはやはりシリーズものを思い浮かべてしまいますね。それにハードボイルド小説の登場人物たちというのは昔からキャラが立っていました。
 ライフスタイル小説の金字塔とも言われたロバート・B・パーカーの作品や、佐藤さんの本の中でも書かれているローレンス・ブロックの「マット・スカダー」シリーズもその一つですよね。これはある事件をきっかけにニューヨーク市警を辞めたアル中の探偵が主人公で、ああいうのをキャラというのであればわかるけど、それとはまた違う「キャラ」重視の時代があったわけですね。編集者から作家へそんな要望が行くこともあったのでしょうか。

佐藤 ありましたね。この脇キャラをもっと派手にしてくださいとか、キャラの口調に個性を持たせてくださいとか。佐々木さんは人物造型の点でもピカイチだから編集者も伝えなかったのでしょう(笑)。海外モノのキャラとはまた少し違う意味合いだったんです。私個人としては小説の本来の役割とは違うのではないかと感じていた部分もありましたが、2010年代には静まってきたように思います。
 時は流れて2022年なのですが、未曾有の出来事が起こっている今の時代になって、これからは原点に戻ってきちんと一からテーマを考えよう、という流れを最近の文壇からは感じています。この点、『裂けた明日』はすでにその流れを体現していますね。ここに見られる危機感というものは、ifが招いたものという以上に現実的です。ただ、例えばですが「コロナ」というテーマに真正面から挑んだ小説としては、さすがにまだ決定版が出ていないような気がするんです。佐々木さんはどう思われますか?

佐々木 今まさに人類が経験している、想像を超えた「災厄」っていうのはテーマにはしづらい気がしています。特にエンターテインメント小説では難しいのではないでしょうか。
 事実、いまだに東日本大震災を真正面から取り上げている小説は少ないように思います。ただ純文学であれば、それは書けるかなとも思いますが……。

過去の名作は「ネタの宝庫」

佐藤 佐々木さんや私の世代は、とにかく海外文学や海外サスペンスなどをたくさん読んで育ってきましたよね。

佐々木 私の場合は、小学生になった時に親父が講談社の『少年少女世界文学全集』を買ってくれたんですね。それが読み終わったら、今度は親父の本棚から新潮社の『世界文学全集』を取り出して読みました。
 他に思い出深いのが、高校生の頃に河出書房新社から出版された『カラー版 世界文学全集』。この第1回が『戦争と平和』だったのですが、たしかソ連版の映画『戦争と平和』が公開されるのに合わせての発売だと記憶しています。

佐藤 今、海外作品がマーケット的には非常に苦しい時代で、読者が減ってきています。でも佐々木さんが挙げられた『世界文学全集』や、私が学生時代に夢中になった筑摩の『世界ノンフィクション全集』など、これらの作品群というのは、ものすごく大きな力を持っています。ここには小説の「ネタ」がたんまり眠っているのでは、と考えているのですがいかがでしょうか。

佐々木 本当にその通りですね。ただ今の時代は活字以外で面白いものが消化しきれないぐらいある。クリエイターの基本として見ておかなければというものだけでも膨大にあって、なかなか海外作品にまで手を出しにくくなっているのかもしれませんね。

佐藤 『あなたの小説にはたくらみがない』では、新旧の日本の名作と同時に海外作品も取り上げつつ、小説の書き方を紹介しています。何から読めばいいか分からない、という人は是非ここで紹介している作品から手を付けてみてほしいですね。

佐々木 過去の名作から学ぶことは私もやってきたことです。

佐藤 私が担当している「新潮社 本の学校」の小説講座では、最新の名作として『裂けた明日』も取り上げたいのですが、よろしいでしょうか?

佐々木 もちろんです。小説をお書きになる皆さんのご参考になれば嬉しいですね。


 (ささき・じょう 作家)
 (さとう・せいいちろう 編集者)

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