書評

2022年12月号掲載

実家の母が陰謀論者になってしまったら

物江潤『デマ・陰謀論・カルト―スマホ教という宗教―』

物江潤

対象書籍名:『デマ・陰謀論・カルト―スマホ教という宗教―』
対象著者:物江潤
対象書籍ISBN:978-4-10-610972-0

 もし実家の母が陰謀論者になってしまったら、あなたならどうしますか。懸命に説得、あるいは論破しようとするかもしれません。しかし、その試みはおそらく逆効果でしかないでしょう。「そういう人」とあなたとの間には想像以上に深い溝があるからです。
 ケムトレイルという言葉をご存じでしょうか。私たちの目には飛行機雲にしか見えませんが、ある種の人は、これは闇の政府が発する有害物質なのだと信じています。闇の政府は表の政府を支配する権力者集団であり、マイクロチップ入りの新型コロナワクチンで人間の奴隷化をも画策する巨悪だとされています。
 著名人たちが買い求める若返り薬には「アドレナクロム」というものがあり、これもまた、闇の政府による悪行の産物だと彼らは考えます。アドレナクロムは、恐怖した子供の脳内にある松果体から生じるため、闇の政府が子供たちを誘拐・虐待しているというのです。
 こうした闇の政府に対抗する正義の味方として、トランプ前大統領が率いる光の銀河連合が戦っていると信じる人々もいます。このように、自分たちが信じる「真実」を拡散するために、ネット上で光の戦士となった人々が、寸暇を惜しんで熱心に布教活動を展開しているのです。
 ……さて、この類の陰謀論は以前にも見られたものであり、特筆すべき現象ではないように思えます。が、スマホが普及した今、ただのトンデモ話だと一笑に付せなくなってきました。デマ・陰謀論・カルトの類とスマホとの相性が抜群である故に、気づけば実家の母が光の戦士となっていた、なんてことが現実化しているのです。
 科学的・客観的な言説よりも、人間は刺激的な物語から影響を受けるという研究が示すように、物語の持つ力は計り知れません。そしてスマホの世界は、陰謀論という名の刺激的な物語を効率よく創作・拡散する仕組みで満ちています。
 ネット上で形成される閉鎖空間、似たような考えを持つ人々が集うタコツボのようなコミュニティーに集ったユーザーから発せられる奇異な情報は、カルト宗教で見られるマインドコントロールを想起させます。しかも、この閉鎖空間で得られる情報こそが「真実」だと彼らは確信し、それを知らない市井の人々を「情報弱者」と見なします。彼ら陰謀論者からすれば、私たちのほうが無知で非常識なのです。
 本書では、スマホの普及とともに広がった、こうした脱世俗的な世界観のことを「スマホ教」と名付け、その実態を分析・解説しています。陰謀論に染まりつつある人々が身近に現れだした今、奇々怪々なスマホ教は私たちの生活とも地続きになっていて、もはや他人事ではないのです。


 (ものえ・じゅん 作家)

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