書評

2023年1月号掲載

流山=地方自治と都市計画の「生きた教科書」

大西康之『流山がすごい』(新潮新書)

柳瀬博一

対象書籍名:『流山がすごい』(新潮新書)
対象著者:大西康之
対象書籍ISBN:978-4-10-610979-9

「柳瀬さん、今、一番すごいビジネス街に行ってみない?」
 大西康之さんが誘ってくれたのは2021年3月のことだった。その日、私は千葉県柏市の蔦屋書店で、前年に刊行した拙著『国道16号線 「日本」を創った道』のPRのため、目の前を走る国道16号線がいかにすごい道なのか、地域住民を洗脳していた。
 その中に大西さんもいた。隣街の流山市民として、ライバル柏市の模様を偵察に来たのだ。柏市民の皆さんをすっかり16号線至上主義者に変えた私は、彼に導かれるまま車で流山市の「流山おおたかの森」駅前を抜け、台地を降りて江戸川沿いの河川敷に向かうのであった。
 河川敷じゃん! どこがすごいビジネス街? と思うまもなく、ずらりと並んだ巨大な建物群が目に飛び込んできた。
 アマゾン、楽天、ヤマト運輸、大和ハウス、GLP……。通販や物流大手の看板が掲げられた物流センターが数キロにわたって並んでいる。「流山の最新ビジネス街です」。大西さんはニヤリと笑った。
『流山がすごい』を手に取ったとき、あの時の大西さんのニヤリを思い出した。彼はすでに調べ始めていたのだ。この街の秘密を。
 2023年現在、首都圏で「子育て」用に家探しをしていて、流山の名前を知らない人はいないはずだ。「SUUMO住みたい街ランキング2022首都圏版」で得点ジャンプアップした街ランキング1位、人口増加率は全国の市の中で6年連続日本一。0~4歳の人口転入数も首都圏で一番多い。名実ともに大人気である。
 かつて、流山は千葉の田舎っぽさの代名詞的存在だった。その名がメディアに登場したのは1970年代後半。江口寿史のギャグ野球漫画『すすめ!!パイレーツ』でお荷物プロ野球球団の本拠地という不本意なデビューである。その後も都心からの交通が不便なことから「千葉のチベット」などと呼ばれた。
 なぜ、そんな流山に子育て世代が次々と移り住むようになったのか?
 よく知られているのは、秋葉原からつくばまでを結ぶ鉄道「つくばエクスプレス」が開通し、3つの駅ができたこと、その駅の1つ、「流山おおたかの森」の開発が成功し、イケてるショッピング街と素敵な住宅街がオープンしたこと、などである。
 ただし、似たような条件を満たし、流山よりも都心からもっと通勤至便な街は、首都圏に数多くある。流山がすごくなった謎を、大西氏は「インタビュー」で解き明かす。なぜインタビューか。現在の流山が成ったのは、数多くのキーパーソンたちがいたからだ。自らの手で夢を描き、計画をたて、困難を撥ね除け、マーケティングし、街の形を作り上げた人々がいたからだ。
 米国の大学院で街づくりのいろはを学び、腕を振るってきた都市計画のコンサルタント。キャリアウーマンとしてばりばり仕事をしてきたが、結婚、出産ときて、都心での子育てに限界を感じた女性たち。二子玉川=ニコタマを、鉄道と自動車の両方でアクセスできる未来型のショッピングタウンに変身させたビジネスパーソン。リクルートを飛び出て、有機農法をビジネスにした起業家。少年時代に近くのサッカークラブで頭角を現し、プロサッカークラブを流山に設立した男。そして、「千葉のチベット」と呼ばれるほど不便だった流山に、あの田中角栄を口説き、「つくばエクスプレス」の駅を3つも開設することに成功した、地元政治家。
 流山のコピーは、「母になるなら、流山市。」である。コピーに偽りはない。保育の充実ぶり、共働き夫婦が安心して子育てできるハードとソフトの品揃え、鉄道と徒歩と自動車、複数の移動手段を自在に使える交通インフラ。都心から30分圏内にもかかわらず、自然豊かでスポーツ施設が充実し、買い物も娯楽も揃っている。偶然できたのではない。さまざまなジャンルのプロたちが当事者として参加した結果である。
 そう、『流山がすごい』は、街づくり革命の物語だ。流山というプロジェクトが形になっていくプロセスを、大西さんは当事者たちの「声」で明らかにしていく。その生々しさは、彼でなければ文字にできなかったろう。30年来の地元住民で、経験ゼロから子供サッカークラブのコーチとして汗を流す大西さんもまた、すごい流山を創った一人なのである。
 地方自治と都市計画の、文字通り「生きた教科書」にして、最高のエンタテインメント。それが本書である。


 (やなせ・ひろいち 東京工業大学教授)

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