対談・鼎談

2023年1月号掲載

『ひとりで生きると決めたんだ』刊行特別対談

「重箱の隅に宇宙を感じる者同士」

ふかわりょう × 長濱ねる

以前からふかわさんの著作のファンだという長濱さん。
アイスランドへの憧れ、「世の中と足並みがそろわない」自分のこと、肩書に感じるモヤモヤ、体育祭での円陣について……。
「わかる!」が連発で、初対面にして意気投合、互いの考えが絶妙にシンクロする、息ぴったりの対談となりました。

対象書籍名:『ひとりで生きると決めたんだ』
対象著者:ふかわりょう
対象書籍ISBN:978-4-10-353792-2

ずっと会いたかった

長濱 対談の最初からいきなりこんなことを言うのも僭越ですが、ふかわさんの著作を拝読するたびに、「わかる!!」と勝手にずっと共感していたので、今日はお目にかかれてとても嬉しいです。

ふかわ こちらこそ光栄です、ありがとうございます。2年前に出したエッセイ集『世の中と足並みがそろわない』を長濱さんがインスタグラムに投稿して下さり、そのことを知人から知らされてびっくりして。それが私も嬉しかったので、今回お話しできるのを楽しみにしていました。前作はなぜ手に取って下さったんですか?

長濱 『風とマシュマロの国』(幻戯書房、2012年)というアイスランド旅行記をきっかけに、ふかわさんの文章のファンになりました。

ふかわ え、本当ですか?

長濱 アイスランドにはもともと興味があったのですが、この本を読んでますます好きになって。今回の新刊のカバー写真は、「マシュマロ」なんですね。仰向けになると自分では起き上がれない、アイスランドの羊。

ふかわ そうなんです。長濱さんは読書家でいらっしゃるので、それで読んで下さったのかなと思っていたのですが、まさかアイスランドの方がきっかけだったとは……。今日はもう、こっち(新刊)の話はやめて、アイスランドの話をしましょうか(笑)。ちなみに、アイスランドへの関心はどこから生まれたのですか?

長濱 きっかけは音楽でした。シガー・ロスというバンドと、アウスゲイルというアーティストが好きで、他にもビョークやムームもよく聴くのですが、彼らがみんなアイスランド出身だということに、あるとき気がついたんです。

ふかわ そういう偶然ってありますよね。私も、「音」が好きだな、と感じていたアーティストたちが皆、スウェーデン出身だった、ということがありました。

長濱 それに、ナビゲーターを務めているMUSIC ON! TV(エムオン!)の「legato~旅する音楽スタジオ~」という音楽番組でアイスランドを特集したときに、国の歴史や風土について調べたところ、とても自由で、他人にあまり干渉しない国民性ということも知り、ますます興味が湧いて……。まだ行ったことはないのですが、いつか絶対に行ってみたい場所です。

ふかわ マネージャーさんや事務所には、その気持ちは伝えているんですか?

長濱 はい。でも、何回言っても、「アイルランドだよね」って間違えられちゃって(笑)。

ふかわ これは私の勝手な希望ですが、できればお仕事ではなく、最初は完全なプライベートで訪れて頂けるといいなぁ。それにしても、アイスランドに関心を持つ人ってそれほど多くないので、こんなに強い興味を示して下さったことにびっくりしています。旅行記を作った甲斐がありました(笑)。

肩書は「ふかわ」?

長濱 アイスランドのことももっとお聞きしたいのですが、新刊についても色々お話ししたいことがあって。先ほども言いましたが、前作のエッセイ集も、今回の『ひとりで生きると決めたんだ』も、共感するところがたくさんありました。例えば今作で特に印象的だったのは、「ワルツのリズムでまた明日」に出てきた、「ひつまぶし」のエピソードです。

ふかわ うわー、嬉しい! 「ひつまぶし」にスポットを当ててくれた感想、長濱さんが初めてです。

長濱 (1)そのまま食べる (2)薬味を入れて食べる (3)出汁をかけて食べる、と、ひつまぶしでは3通りの味が楽しめるというのが売り文句になっていますが、2番目の「薬味を入れる」って少し無理があるよね、との指摘には、「わかる!」と思わず声が出てしまいました。

ふかわ ついに、強力な味方が現れた! 一緒に立ち上がりましょう!

長濱 確かに、単に薬味を入れているだけで、食べ方は変わっていませんもんね。

ふかわ これ以上ない援護射撃に、感動すら覚えています。本の「はじめに」でも書いたように、私が関心を持つことは、世間一般の方のほとんどが気にしないことばかりで、そのせいか、「ふかわはいつも、重箱の隅を突(つつ)いている」なんて言われることもよくあって。だから逆に言うと、長濱さんがアイスランドに興味を持つのは自然の流れというか、同じタイプゆえにアイスランドに行きついたと言えるのかもしれません。ちなみに、読んでいて理解できなかったところはありましたか?

長濱ねる

長濱 全然なかったです。他にも共感することばかりで、気になった箇所をメモしてきたのですが……そうそう、「お笑い芸人」「タレント」「マルチタレント」など、どんな肩書きもどうしてもしっくりこない、というふかわさんの違和感は、私も同じように抱いているモヤモヤです。今から2年前、22歳頃までは、自分にピタッと当てはまる肩書きがないことにソワソワしちゃったのですが、最近は社会の変化もあるのか、肩書きがない人がすごく増えているように感じて、それで少し楽になれました。

ふかわ そこにも共鳴してくれたとは、本当に嬉しい。30年近く前のデビュー当時から私は、「長髪は芸人らしくない」「お笑い芸人がDJやるなんて調子に乗るな」「芸人に情報番組のコメンテーターなんてできるの?」など、「芸人らしくないこと」をするたび批判されてきたんですね。私自身も「らしくないこと」に多少の罪悪感もあって、「自分はいったい何者なんだろう……」というのがコンプレックスだったのですが、確かに時代の変化もあるのか、そんな「何者でもないこと」が、胸を張らないまでも、決してコンプレックスに感じなくてもいいことなんだなと、最近思えるようになりました。

長濱 有名なロックスターさんのように、“最後の手段”は「肩書きは、ふかわです」という記述や、自由に肩書きを作れるならば「へそ曲がリスト」が一番しっくりくる、というのには思わず笑ってしまいました。

ふかわ その肩書きも、「へそ曲がリスト」の「リ」を、ひらがなにするかカタカナにするかで何日も悩んで……。ちなみに、私のことを、へそ曲がりだと思いますか?

長濱 思います!

ふかわ でも自分ではその自覚はなくて、いたって「まっすぐだ」と思っているんです。

長濱 その気持ちもわかります!

ふかわ こんなにわかり合えると思いませんでした。もう、私のマネージャーより理解してくれています(笑)。

違和感の正体を掘り下げる

長濱 私も月刊誌でエッセイを連載させて頂いていて、書くこと自体はとても好きなのですが、毎月締め切りが近づくと、大抵、「今月も大きな出来事はなかった……うー書けない……」ってかなり苦しんでいます。旅行にでも出かけていれば別ですが……。ふかわさんはどんなタイミングでエッセイを書かれているのですか?

ふかわ 私の場合、前作も今作も、出版社から執筆の依頼をされたわけではなく、締め切りに合わせて書いたのではありません。それに、私が書きたいことは大きな出来事や特別なハプニングというよりも、日常生活でふとした時にひっかかって、胸の奥深くに沈んで溜まった小さな違和感という「澱(よど)み」を、少しずつ水に溶かして、文章にしているといった感じなんです。

長濱 なるほど。今のお話だと、私の場合、文章を書く時に少し構えてしまっているのかもしれません。というのは、エッセイを読んで下さるって、とても「能動的」な行為だから、「エッセイでは、正直でいなきゃ」って強く意識しちゃうんです。ちょっとでも格好つけたりすると、読む人に見抜かれちゃう気がして、それが怖くて。それに、素の自分は、世の中に対してちょっと斜に構えている部分があるのですが、それをストレートに出してしまうことへの恐れもあり……。

ふかわりょう

ふかわ 私も最初は、「ほとんどの方から見れば、重箱の隅を突くようなこと」ばかりを書き連ねることに、戸惑いやためらいがあったのですが、担当編集者の方が「大丈夫だよ、その視点は面白いよ、だから安心して見せていいよ」と背中をさすって励ましてくれたおかげで、ワーッと全部、吐き出すことができたんだと思っています。長濱さんの場合も、例えば、「自分に当てはまる肩書きが見つからない」という先ほどのモヤモヤを深く掘り下げていけば、あっという間に一編書けてしまうような気がしますよ。ちなみに、そういった「違和感」って、他にも何かありますか?

長濱 違和感とは異なるのかもしれませんが、ある番組の収録前、私が本番で課せられたある役割に緊張していたとき、周囲にいた方が、「長濱さんなら大丈夫、持ってる人だから!」と声を掛けてくれたことがありました。でも、結局私は本番で失敗してしまい、「ああ、やっぱり私は持ってないんだ」と、自分のスター性のなさを突き付けられたような気持ちになって、勝手に落ち込んで……。その方はもちろん、励ますつもりで言って下さったわけですから、本来、深く考える必要なんてないはずなのですが。

ふかわ 端から見たら何でもないところに起伏を感じ、葛藤している――完全にこちら側の人間ですね(笑)。でもそういう思考回路があるならば、やっぱり、「特別な出来事」に頼らずにエッセイを書けるんじゃないかな。

長濱 うーん……。もし万が一、その人がエッセイを読んだとき、無駄に傷つけてしまうかもしれないから、それも申し訳なくて。

ふかわ あー、それは全然気にすることないです。なぜなら、そういうタイプの人って、自分が発した言葉について、まったく何も考えてないから。きっと覚えてすらないですよ(笑)。

長濱 ありがとうございます。ちょっとしたカウンセリングみたいですね(笑)。

どうしてもできなかった「アレ」

ふかわ 今作のタイトルにもある「ひとりで」という意味では、長濱さんはお仕事をする上で、少し前に「グループ」から「ひとり」になったわけですが、心境の変化はありましたか?

長濱 これも先ほどの話と繋がるのですが、何事も考えすぎてしまう私の癖は、集団行動では結構厄介でした。例えば、楽屋でメンバーと一緒だけど一人になりたい時、それこそイヤホンをしたら「話しかけないで」ってアピールしているみたいでちょっと感じが悪いから、本を読むことにしていました。読書ならば、ゆるやかに、柔らかく、周りと距離を取ることができるから……。

ふかわ いや本当に、最高ですね。大部屋の楽屋で、イヤホンで音楽を聴くか読書をするかというのを、自分の欲求ではなく周りとの関係性で悩んで決めているわけでしょう。もうすぐに、それで4000字書けちゃいますよ。同じようなことで言えば、私も家を出る前に、玄関でサングラスをするか否かで15分以上考え込んでしまいます。

長濱 わかる! すごくわかる!!

ふかわ 「芸能人だからってサングラスかけちゃって。お前なんて別に騒がれねーよ」という声と、「何お前、堂々と素顔さらして。誰かに見つけて欲しいのかよ」という声が頭の中で延々と言い合いをして、結局出かけられないという……。

長濱 私はそれを打開すべく、最近、メガネにサングラスのレンズをカポッと被せられるタイプを買いました。紫外線が気になるので、外ではサングラスにして、楽屋入りのときにはその部分を外しています。「長濱、イキがってるな~」って思われないように(笑)。

ふかわ それは私より重症かもしれませんね(笑)。今のお話で感じたのは、私も「自分を客観視する冷静な自分」が常にいて、その自分が、例えばみんなが盛り上がっている瞬間、その“ノリ”に全力で乗っかることを邪魔してくる傾向にあるのですが、長濱さんも同じようなこと、ありませんか?

長濱 ……ふかわさん、アレできますか?

ふかわ えっ、何ですか⁉

長濱 円陣になって、伸ばした手を重ね合わせながら、「おー!!」って大きな声を出す、アレです。高校生のとき、私はどうしてもアレができなかったんです。無心で手を伸ばせばいいのに、って思いながら、どうしてもできなかった……。

ふかわ なんで、できなかったんだと思いますか?

長濱 うーん……まだ言語化できないです。

ふかわ ちなみにそれを求められたときの状況って、どんなでした?

長濱 高校の体育祭でした。

ふかわ 何の種目ですか?

長濱 ムカデ……ムカデ競走でした。

ふかわ ムカデ競走!? 長濱さん、それは円陣で手を伸ばさなきゃだめですよ、チームのみんなと呼吸を合わせなきゃいけない競技ですから! 「明日、体育祭だね~頑張ろうね~」っていう、軽いノリの円陣とはワケが違うでしょう!(笑)

長濱 はぁ……やっぱりそうですか。こういう、ある種の頑固さが、自分ではすごく嫌なんです。嫌だし、恥ずかしい。

ふかわ でも、たかが円陣、されど円陣で、今日こうしてお話ししてみて、長濱さんのイメージがガラッと変わりました。メインストリートをまっすぐに歩かれている印象が強かったので。

長濱 お仕事では、例えば番組を作るスタッフさんやインタビューをして下さる方が求める「長濱ねるのイメージ」に、できるだけ添いたいな、と思うんです。それが私なりの誠実さというか……。

ふかわ ある種、鎧をまとって戦ってらっしゃる。私も若い時、同じような気持ちだったので、よくわかります。それもすごく素敵な姿勢だと思いますが、でもきっといつか、その鎧を取っ払って、生身の体で勝負したくなるとも思いますよ。

長濱 今はまだ、怖いかも……。生身で勝負して、もし否定されたら、きっと致死量くらいの血が流れちゃう気がする……。

ふかわ 長濱さん、あなたは本当に書くべき人です! 要は、「裸の自分」で勝負して傷ついたとき、その「真実」はごまかしようがないから、きっと立ち直れないんじゃないか、ということを恐れているんですよね。だから、求められる「イメージ」になるべく寄り添おうとしていると……。それに24歳で気がつきましたか。万人ではないかもしれないけれど、その葛藤に激しく共鳴する人は多いんじゃないかな。

長濱 「イメージ」とはまた違う自分の一面も知って欲しいという思いも昔はあったのですが、今は、求めて下さる「イメージ」の私でいたい気持ちが強くて、「誤解されたくないと思うのは、もうやめよう」と思っています。

ふかわ 誤解されたくないと思うのは、もうやめよう……。長濱さん、私の新刊と同じタイトルでエッセイ集を出しませんか? あなたの方がよほど説得力あります。私の『ひとりで生きると決めたんだ』は単なる強がりで、中身が全然伴っていないと今、痛感しました。私は誤解されたくなくて、世間の私に対する誤解をときたくて、エッセイを22編も書いたわけだから。お恥ずかしい……。でも、今のお話は、すごく人間の本質に迫っていることだと思います。それに、目の前の出来事を自分なりの視点で見つめ、考え、自分なりの答えを出している。その感覚をお持ちならば、きっと、書くテーマには枯渇しないとも思います。本当に、すごい。大きな温泉を掘り当てた気分で、これでもう、旅館は大繁盛です(笑)。

長濱 ありがとうございます。すごく、嬉しい。日々を忙しくこなしていると、自分が抱いた「違和感」としっかり向き合えないままになっている気もしていて、そういう意味でもアイスランドに行って、自分をリセットじゃないけれど、真っ白にしてみたいな、って考えています。アイスランドのこと、また詳しく教えてください。

ふかわ はい、機会がありましたら、またゆっくりお話ししましょう。

長濱 ぜひよろしくお願いします!


 (ふかわりょう タレント)
 (ながはま・ねる 俳優/タレント)

最新の対談・鼎談

ページの先頭へ