書評

2023年2月号掲載

また見つかった、なにが、寺山修司が!

中森明夫『TRY48』

高橋源一郎

対象書籍名:『TRY48』
対象著者:中森明夫
対象書籍ISBN:978-4-10-304633-2

『TRY48』は少女(たち)が、自分を発見する物語だ。なぜ少女(たち)なのか。それは、現在では、少女(たち)だけがその力、社会に奪われてしまった自分自身の物語を発見する力を持っている、と作者が考えているからだ。
 そのことを理解してもらうために、作者は、この物語に二つの「秘密兵器」を導入した。「寺山修司」と「アイドル」である。
 もしかしたら、「寺山修司」については説明が必要なのかもしれない。いや説明は必要なのだ。だから、この小説の中で、作者は、その「寺山修司」という、かつて存在した、1935年に生まれ1983年に亡くなった希有な才能について延々と語っている。もしかしたら、この『TRY48』という小説の中身、作者がほんとうに語りたかったのは、「寺山修司」という人間、彼が残した膨大なことばだったのかもしれない。それさえあれば、そこにどんな物語があってもよかったのかもしれない。いや、そうではない。「寺山修司」という、四十年も昔に亡くなってしまった存在を蘇らせるために必要なものを、作者は見つけたのだ。それが「アイドル」という存在だった。
 主人公の「深井百合子」は「アイドル志望」だった。そして「これまで何度かアイドルグループのオーディションを受けた。そのつど第一次の書類審査で落とされ」た。そんな女子高生だった。それは「ふつう」ということだ。いま「ふつう」の女の子は「アイドル」を目指すのだ。それが「ふつう」の夢なのだ。そして、ほとんどの「女の子」は「アイドル」になることができないのであるけれど。
 かつて、この国では「末は博士か大臣か」が、若者の夢だった。若者といっても男の子の夢だった。女の子に与えられたのは、せいぜい、「末は博士か大臣か」の夢をかなえる男の子の恋人、という夢だった。馬鹿馬鹿しいよね。
 いつの頃からか「末は博士か大臣か」は夢ではなくなった。そして夢は「会社員として出世する」になり、もしかしたらいまは「起業してアップルみたいな会社を作る」や「ジェフ・ベゾスかホリエモンになる」ことが夢なのかもしれない。でも、その夢は社会にとって都合のいい夢なんじゃないだろうか。そして、それもみんな男の子の夢だった。
 一方、女の子たちに、やっと夢が与えられた。それが「アイドル」になることだった。かつては「スター」が夢だった。そこにたどり着くのは大変だった。なにしろ「スター(星)」なんだから。でも最近になって、「アイドル」も数が増えた。グループの「アイドル」たちがたくさん生まれて、ずいぶん身近になった気がした。だから、「深井百合子」のような子たちが増えた。自分も「アイドル」になれるんじゃないかって思う子が。でもよく考えてみたら、倍率百万倍が倍率五万倍に変わったぐらいだ。やっぱり「ふつう」の子には、実現不可能な夢なんだ。
 そんな「ふつう」の、それでも「夢」を求める女の子の前に現れたのが「寺山修司」だったのだ。

 四十年前に死んでしまった「寺山修司」は、あの頃、なにをしていたのだろうか。「革命」をしようとしていたのだ。それは、権力とか政治とかの「革命」ではなく、社会を根っこからすっかり変えてしまうような、人々の心を奥底から変えてしまうような、「ことばの革命」だった。けれども、「寺山修司」は、志半ばで死んでしまった。作者は、それが許せなかった。それが悲しかった。それが惜しかった。「寺山修司」が生きていれば、世界はいまとはちがっていたはずなのだ。だから、作者は「寺山修司」を生き返らせる。この物語の中で、「寺山修司」は1983年には亡くならず、現在も生きている。生きて、あの頃と同じように虎視眈々と「革命」を目指している。あの頃とちがうのは、その「革命」の同志が、「深井百合子」のように「アイドル」を目指す少女たちであることだ。
 どうやって「寺山修司」と「アイドル」を目指す少女たちが、この死んでしまったような世界で「革命」を起こそうとしたのかは、みなさんが読んで確かめてください。ぼくたちみんなが見ているのは、映画『マトリックス』で人々が現実だと信じていた「仮想世界」のようなものだ。だから、映画の中のネオがそうであったように、それを打ち砕かねばならなかったのだ。社会が見せる「夢」をぶち壊すのは、もっと強力な、想像力が見せる「夢」なのだ。そう、『TRY48』が見せてくれる「夢」のように。
 ところで、『TRY48』では、そうであったかもしれないもう一つの歴史が描かれている。だから、最後に、とっくに死んでしまったある有名人が、現実とは異なり生きて年老いて現れる。なんだかすごく嬉しかったです。


 (たかはし・げんいちろう 作家)

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