書評
2023年2月号掲載
流山=女性が主役のサクセスストーリー
大西康之『流山がすごい』(新潮新書)
対象書籍名:『流山がすごい』(新潮新書)
対象著者:大西康之
対象書籍ISBN:978-4-10-610979-9
書名を初めて耳にした瞬間から、これは読まなければと思っていた。できればその上で、書評を書きたいものだと思っていた。そこへ執筆依頼を頂戴したのだから、さすがは新潮社さん、こういうのを「以心伝心」というのだろうか。
それというのも評者は、千葉県流山市の隣に位置する柏市に家を買って30年となる。本書を書いた大西康之氏が、流山市に戸建てを買って日本経済新聞社に通っていた時期とほぼ重なる。要は地方出身の「千葉都民」同志ということになる。そして近年の流山市の発展ぶりを横目で見ながら、「おぬし、なかなかやるな」と感心していた。本書はそのサクセスストーリーを解剖してくれる。
「今風だな」と感じるのは、流山市には無数のヒーローが存在することだ。その中で強いて主役を求めるならば、井崎義治市長ということになるだろう。
日本における街づくりの多くは、「デベロッパーが作って終わり」である。ところがアメリカには、価値の高い街をつくる「アーバン・プランナー」という仕事があり、井崎はもともとヒューストンで働く都市計画コンサルタントであった。それが家庭の事情から帰国することとなり、データだけから「将来的に最もポテンシャルが高い」と判断して、1988年に流山駅から徒歩12分のマンションを「実物を一度も見ることなく」購入する。
ところが実際に住んでみると、流山市の都市計画はあまりにも「素人レベル」であった。「見ちゃいられない」と井崎は一市民として行政に携わるが、地付きの「名士」から「あんたはマンション住まいだから、新住民ですらない。仮住民だな」と言われてしまう始末。
ついには、「自分がやるしかない」と市長選に立候補する。既成政党の支持を受けない候補者であったが、景観保全や自然保護運動をしている女性たちや定年退職後のサラリーマンたちの支持を集めて、2度目の挑戦で当選を果たす。それが2003年のことである。
井崎は市役所に「マーケティング課」を新設し、「母になるなら、流山市。」というキャッチコピーを打ち出す。このときのことは、お隣の柏市住民として「思い切ったことを言うものだな」と驚いたことを覚えている。都心に通う共働き家庭にとって、子育ては最重要課題である。ところが保育所などの子育て支援は、行政にとってまことに扱いが難しい問題だ。「保育園落ちた日本死ね!!!」という匿名の書き込みが、2016年の流行語大賞に選ばれたことはどなたもがご記憶のことだろう。
そこへ流山市は、われわれは「保育の楽園」を目指します、と広言したのである。そして実際に、駅前の送迎保育ステーション設置など、共働きの子育て世代向けのサービスを実施する。おりしもTXこと「つくばエクスプレス」が開通し、新たな都市住民が流山市に押し寄せてきていた。現在、実に6年連続で、流山市は人口増加率全国トップを独走中なのである。
ただし、行政にできるのはここまでだ。後は実際に新しく住み始めた人たちの出番となる。本書は流山に住み始めた人たちの姿を描いているが、その多くは女性である。エンジニアとしてバリバリ働いていた近藤みほは、子育てをきっかけに流山市に転居し、ついには市議となって活動するようになる。松戸市生まれの稲葉なつきは、流山旧市街地の古民家を改装し、31歳で和菓子屋のオーナー店長となる。リクルートでモーレツサラリーマンをやっていた小野内裕治は、退職後に流山市の耕作放棄地で有機農業に挑戦している。
こうした「外から来た人たち」が、流山市を舞台に小さな冒険を積み重ねているところが、いかにも今風の「サクセスストーリーズ」と言えよう。なかには既に流山市を「卒業」し、次の場所に向かっている人も居る。大事なのは「変化」なのである。
逆に流山市の地付きの人たちが、昨今の変化をどのように感じているのかも気になるところで、著者の筆がそこまで伸びていないことが惜しまれる。とはいえ、人口減少社会のこの国においては、全国各地で行われている「街おこし」の成否が重要な意味を持つ。昨今盛んに言われる「少子化対策」も、地域社会の助けがなければ大きな成果を挙げることは望み薄であろう。
「たかが人口20万人の市政じゃないか」との声もあるかもしれない。が、中央が機能不全に陥って久しく、国全体にも疲弊感が漂う中にあって、「こういう話を聞きたかった!」という読者は少なくないのではないだろうか。
(よしざき・たつひこ エコノミスト)