書評

2023年2月号掲載

これであなたも“青銅器酔い”!?

山本堯『太古の奇想と超絶技巧 中国青銅器入門』(とんぼの本)

片桐仁

対象書籍名:『太古の奇想と超絶技巧 中国青銅器入門』(とんぼの本)
対象著者:山本堯
対象書籍ISBN:978-4-10-602303-3

「こういう本が欲しかった!」
 僕の正直な感想です。というのも、数ヶ月前に京都の泉屋博古館(せんおくはくこかん)に行ったばかりで、そこで見た、中国古代の青銅器にすっかりやられてしまっていたからです(いい意味で)。でもその素晴らしさを人に伝えようとしても、まー伝わらない伝わらない……。「銅鐸みたいな感じ?」とか言われちゃう。当たらずといえども遠からずですが……。
 おおよそ我々がイメージしている、具体的でキッチリした作りの“中華風”とは全く異なる古代青銅器たち。日本だと“和風”とは程遠い、縄文土器や土偶とどこか通じる感じがして、縄文好きとしては気になっていたんです。ただ、土器じゃなくて鋳物なので、原型は同じ粘土でも、それを元に型を作ってそこに青銅(銅と錫の合金)を流し込んで作っているっていうんですから、ものすごい超技術にクラクラしちゃいます。しかも作られたのは3000年前って……。こちとら本当に縄文時代ですよ!! どゆこと??
 きっかけは数年前、この本にも載っている『双羊尊(そうようそん)』(2匹の羊が背中合わせになった酒器)を東京の根津美術館で見たことでした。「こんなの見たことない!」と、学芸員さんに話を聞くも、殷の時代後期に身分の高い人が使ったのではと言われているけど、どう使われたかはよく分からない、とのこと。すぐに粘土でマネしましたけど(『双羊晶』という、背中合わせの羊の真ん中に水晶が乗せられた作品。ほぼそのまま双羊尊)。
 そんな気になる青銅器を、泉屋博古館で初めてまとめて見たわけです。膨大な青銅器たちが鎮座ましますなか、『双羊尊』のように、2羽のフクロウが背中合わせになった『戈卣(かゆう)』や、虎が人間を抱え込んだ形の『虎卣(こゆう)』、カレールーを入れる器(グレイビーボート)みたいな『匜(い)』など、まずその個性的なシルエットに魅了されます。
 そして外観は虎やフクロウなのに、その表面をよく見ると、「饕餮(とうてつ)」に代表される様々な怪物や動物が、タトゥーのように盛り込まれています。さらによ~く見ると、その隙間はびっしりと渦巻き模様で埋め尽くされていて、“青銅器酔い”(縄文酔いと似た感じ)してしまいました。見れば見るほどその“宇宙観”にやられてしまいました……。
 そこへ「どうです? 青銅器、スゴいでしょ」と現れたボランティアガイドさん。はい、青銅器をこんなにいっぱい見たのは初めてです!「でも大丈夫? 私なんか青銅器に認められるまで、半年以上かかりました」……は? ご自分が認めるんじゃなくて?「最初は青銅器の力が恐ろしくて、直視出来ませんでした。半年ぐらい勤めて、やっと落ち着いて見られるようになりました。それだけオーラがスゴいんです」……確かに、僕もちょっとクラクラ来てます。認められたかどうかはさておき、京都の静かな美術館でこの熱量は凄まじいと思いました。そこから一点一点の解説が始まります。「饕餮みたいな怖いもので覆うことで、魔除けにしたんでしょうな~。でもこれカワイイ顔」「青銅の太鼓、澄んだええ音鳴るんです~。私は聞いたことないけど」「虎卣の虎さん優しいお顔。人間の子を育ててるんでしょうな~」……真偽のほどはさておき、青銅器に対する愛情が伝わってきました。そこでハッと気付きました! 事実はもちろん大事だけど、データを知ろうとばかりするよりも、今見ている作品を素直に感じればいいんじゃないかと……。ただ、誰が何のためにこんなものを、どうやって作ったの? 内側に鋳込まれた文字は漢字? などなど、いろいろ気になりまくっているのも事実……。
 そんなモヤモヤを受け止めてくれたのが本書『中国青銅器入門』です! このガイドブックでは、まず「鬲(れき)」「簋(き)」「罍(らい)」など、読みにくい漢字続出の“器種の分類”に始まり、“文様やモチーフの謎”もクローズアップ写真で分かりやすく解きあかしてくれます。饕餮文に代表される奇獣たちを各種無数に入れ込み、キメラにすることで聖なる力を持ったのではないか?など、気になるお話が。さらに、一部の青銅器に鋳込まれた文字「金文(きんぶん)」から古代中国史をひもといてくれます。
 中に挟まるコラムも面白くて、古代中国を描くドラマでは『爵(しゃく)』が宴会の盃として使われるけど、あれはお酒を直火で温めるためのモノというのが現在の定説とか。底にべったりと煤のついた青銅器の出土によって、それが事実であることが証明された、というお話も興味深かったです。
 また、鋳込まれた金文を復元する、鋳造実験を実際にやってみたリポートを読むと、それはそれは面倒な工程で、当時の鋳造技術がいかに超絶だったかが実感できました。
 さらにさらに日本で青銅器が見られる美術館・博物館マップまで付いていて、こんなガイドブック、今までなかった。今後もそうそうないと思います。
 しかも関東在住の人に朗報! この本に載る青銅器のなかでも選りすぐりの逸品が、泉屋博古館東京で見られるんですって(2023年2月26日まで)。この本を読んで、ぜひ実物の青銅器を見に行って欲しいです!


 (かたぎり・じん 俳優/造形作家)

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