対談・鼎談

2023年4月号掲載

宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』刊行記念対談

文学界の新風、現る!

宮島未奈 × 柚木麻子

対象書籍名:『成瀬は天下を取りにいく』
対象著者:宮島未奈
対象書籍ISBN:978-4-10-354951-2

柚木 今日は、作家というより、ただの読者、ただのファンとして、お話しします。成瀬、最高!!

宮島 柚木さんにそう言っていただけて、本当に嬉しいです。元々、私は柚木さんの作品が大好きでずっと読んできました。私自身、ブログをやっているので、主婦ブロガーの女性が出てくる『ナイルパーチの女子会』にはすっかりハマって……。感化されてブログをやめようと思ったくらいです。

柚木 やだ、どうしよう、ごめんなさい!

宮島 結局やめなかったので大丈夫です(笑)。あと、私は東京という街をあまりよく知らないので、柚木さんの作品に登場する、東京で生きる女の子たちの様子もとても新鮮で、それに影響を受けて、東京への家族旅行でレストランチェーンの「シズラー」にも行きました。

柚木 「シズラー」! ちょっと家族で行くのに、ちょうどいいんですよね。

宮島 絶対行ってみたかったので、とても楽しい思い出になりました。柚木さんの作品は、読んだことのないものを読ませてもらえる感覚が、大好きです。だから、そんな柚木さんに作品を楽しんでいただけて、とても光栄です。

柚木 この作品を読んで、私は文学の世界に新しい風が吹いたと思ったんです。

宮島 新しい風、ですか。

柚木 これまでの文学の世界では、暗くじめっとしたものほど価値があるように語られて、明るさが軽んじられていたように思うんです。しかもそこでは、女性や子供が悲劇的に描かれることが多かった。きっとそれが楽だったんでしょうね。でも、成瀬は違います。何せ彼女は200歳まで生きると公言して、そのために毎日一生懸命、歯磨きをしている! そんな楽しげなキャラクターが、今の日本の文学には必要だったんです。実際、たくさんの人が成瀬を絶賛していますよね。そういう反応が集まるということは、きっとここから、新しい転換が起きていくのだと思います。

宮島 そんな大それたことは意識していなかったので、どの言葉も予想外で……。驚きと喜びが入り混じったような気持ちです。ただ、最近は重く、シリアスなお話が多いようには感じていました。だから私は全然重くない話が書きたいな、と。それがもしかしたら、柚木さんのおっしゃる「新しさ」に繋がったのかもしれません。

柚木 重いお話が多いというのは、コロナの流行も関係しているんですかね。

宮島 コロナでみんなが暗くなっているのは、確かにそうだと思います。それから、地元・滋賀の西武大津店が潰れるというニュースは、本当に重く受け止められていて……。地域の人たちの間には「西武なしで、どうしたらいいんだろう」というどんよりとした空気が流れていました。でも、だからこそ、私は西武との思い出や、みんながそれを惜しんでいる空気を形に残しておきたいと思ったんです。それで、「ありがとう西武大津店」という短編を書きました。

柚木 その発想が、また宮島さんらしいですよね。西武が終わってしまうことを、ただ悲しげに書かないところに魅力があります。実際に物語の中では、それがきっかけで旧友に再会したり、色々ないいことが起きたりする。喪失感に飲み込まれていないんです。

宮島 成瀬の中にも、“コロナでやることがなくなっちゃった”という思いは確かにあると思います。「西武に毎日通う」という宣言はそれがあったからこそ出てきたものだし、そういう意味で、喪失感はあるのかもしれない。けれど、もしコロナがなかったとしても、成瀬はこの夏、絶対また何か別のことをやっていたとも思うんです。

柚木 彼女は喪失という事象に対して、そこに拘泥せずに、向き合っているんですね。そしてさらにそれを楽しんでしまうのが、彼女の大きな魅力です。本作に収録されている、「線がつながる」という短編で、成瀬がいきなり坊主になって登場するシーンも大好きです。

宮島 高校デビューを目指すクラスメートの大貫が、その姿に衝撃を受ける場面ですね。

柚木 女性が髪を切った時って、何か悲しい理由があるんじゃないか、と捉えられがちじゃないですか。誰かとの切ない約束とか、何かしらグッとくるストーリーがそこには用意されていて……。でも成瀬はなんと、坊主の状態から髪を伸ばしてみたいというだけの理由で頭を丸めてしまったわけです! 髪を伸ばすのを楽しむなんて、本当に意表をつかれたし、とても彼女らしい。成瀬はいつも、目の前の経験を楽しもうとしている。その奥には、女の人が実力をつけていくことへのまっすぐな肯定が基盤にあるようにも思います。

宮島 成瀬にとっては、あらゆる出来事が楽しい思い出になり得るのだろうなと思います。

作品まるごと、成瀬感

柚木 もう一つ、成瀬のすごいところは、周りへの影響力です。こういうキャラクターだと、周囲の人が彼女にコンプレックスを抱いて塞ぎ込んでしまいがちだと思うんですけど、宮島さんのお話の中では、むしろそれぞれが欲を解放していくんですよね。「レッツゴーミシガン」では成瀬に恋する男の子の様子も爽やかに描かれる。西浦くん、とっても素敵でした。

宮島 ありがとうございます。成瀬を好きになってくれる読者が多いので、成瀬以外の登場人物のことを言われると新鮮で嬉しいです。

柚木 西浦くんは、成瀬に対して、まずきちんと名乗って、自分のことを話して、成瀬に惹かれた理由を伝えて、真っ直ぐに向き合います。成瀬も、それを正面から受け止める。結果的に二人はすごくいい思い出を作ったし、「恋愛ってそれでいいじゃん!」と思えたのが目から鱗の感覚でした。

宮島 正直、この本にはあまり恋愛要素を持ち込みたくなかったんです。でも、短編を書き進めていくうちに成瀬に惹かれる男の子が出てきてもいいんじゃないかと思いはじめて、このような塩梅になりました。

柚木 彼らの恋模様は、「小説の世界の不思議な女の子との距離の詰めかた」に留まりません。夢を見ているけれど、夢みがちじゃない、そこがまたこの作品の魅力だと思います。彼らはみんな、現実的なアプローチをとって夢に向かっていく。成瀬だって、200歳まで生きるために、日々筋トレに励んだりと現実的な努力を積み重ねているわけです。だからこそ、本当にその夢が叶うような気がしてくるんですよね。

宮島 確かに、成瀬は本当に200歳まで生きてくれちゃいそうです。

柚木 読み終わった後、読者の生活が変わるのって、名作の条件だと思うんですよ。成瀬を見ていると、長生きしたくなるし、だから毎日ちゃんと歯を磨こうって気持ちになっちゃうんです。夢を見させてくれるというのは、作品にすごくパワーがあるということだと思います。作品まるごと、成瀬感がある。

宮島 そういった勢いを持った作品になったのは、とても嬉しいことです。自分では、特に意識していなかったんですけど……。

柚木 宮島さん同様、成瀬も、野心家ではないし、天下を取りたいと思っているわけではないんですよね。天下って人によって違うわけで、成瀬の目指す先が、たまたま周りから見ると天下だったということだと思います。だから私たちは彼女の行動に不意をつかれるんですよね。宮島さんの作品も、そんなふうに、誰も予想していない形で、評価を受けていくんじゃないでしょうか。

宮島 「その手があったか!」みたいな感じでしょうか。

柚木 そうそう! 文学の世界において、多くの人が「こういう勝ち方しかしちゃいけない」と思ってしまっていることに対して、宮島さんはきっとそれをぶち破って、新しい道を提示してくれる気がするんです。いきなり、スティーブン・キングが Twitter で絶賛する、とか。

宮島 そんなことになったら、本当にびっくりしちゃいます……。

柚木 日本文学のピコ太郎に、ぜひなってください!

いずれ来たる宮島期!?

柚木 そういえば、昨年のR-18文学賞の授賞式でのスピーチも、とても堂々としていて、素敵でしたよ。あれなら、どんな舞台も安心です!

宮島 嬉しいです! 実は私、人前で話すのは結構得意なんです。

柚木 人前で話すのが得意っていう作家、自分以外で初めて会いました(笑)。でも確かに、宮島さんのスピーチを見て、「同類を見つけたぞ!」という喜びを感じましたね。長年の孤独感が払拭されました。

宮島 私はコロナの影響で、自分が賞をもらった年には大きな授賞式がなかったので、翌年の授賞式で少し時間をもらって、やっとスピーチができたんです。はるばる滋賀からやってきて、だからこそ何か爪痕を残さなきゃ、と必死でした。

柚木 短い時間でしたけど、宮島さんの持っているユーモアや、地に足のついた感覚をしっかりと感じさせてくれましたよ。

宮島 そういう意味では、37歳での受賞で良かったのかもしれませんね。細かいことを気にしなくていいかな、と思える。

柚木 いつか大きな賞を取ったときにも、あんなふうに堂々とスピーチしてほしいです。きっと、そういう機会があるはずだから。「今日ここに来られたのは皆様のおかげで」とか、言わなくてもいいんです。思い切り面白いことを言ってほしい! 敵も作らず、なおかつ面白い、宮島さんにしか投げられない球を、みんなで見届けようぜ! という気持ちです。

宮島 でも、そもそも私はR-18文学賞という賞自体が大好きで、それを受賞できただけでも本当に光栄なんです。歴代受賞者、全員箱推し。その歴史に立てたことをとても嬉しく思います。

柚木 R-18文学賞は本当にレベルが高いですね。去年から選考委員をやらせてもらってますが、最終候補作がどれも素晴らしすぎて、私が評価する側でいいんだろうか、と本当に困っちゃってます。

宮島 そんなことないです! 柚木さんはこの賞の選考委員にぴったりですよ。昨年の選評もとても面白く読ませてもらいました。

柚木 プロのようなクオリティの作品が集まってくるから、評価する側としてもドキドキするんです。

宮島 これまでの受賞作を全部読んだウォッチャーとして言うと、最近のR-18文学賞は別のフェーズに進んだようにも感じます。初期の頃、官能作品が主流だった時代から、その枠組みが取っ払われて、いろんな作品が賞を取るようになり、カテゴリーエラーみたいなものが一切なくなりました。

柚木 そうですね。この賞の応募作の傾向には、誰に影響を受けたかによって、山本文緒期、辻村深月期、窪美澄期、みたいなのがあると思うんです。宮島期も絶対来ると思いますね。私は過去にR-18文学賞を落ちている身なので、憧れを持ってそれを見守ります。

宮島 そんなことを言ったら、私は柚木さんがデビューされたオール讀物新人賞で落ちていますから……。

柚木 あら、そうなんですか! じゃあ私たち、「Rとオール」で漫才コンビできちゃいますね。

宮島 あはははは! 面白そう!

柚木 漫才やるなら、宮島さんとやりたいですね。きっと楽しいですよ。私はすでに落語の小噺みたいなのを自分で作ってみたりしているので、任せて下さい。

宮島 落語漫才ですね。小説と共にそっちの技も磨けるよう、これからも頑張ります!


 (みやじま・みな 作家)
 (ゆずき・あさこ 作家)

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