書評
2023年5月号掲載
内側にいる他者と向き合い生まれたスター
Superfly 越智志帆『ドキュメンタリー』
対象書籍名:『ドキュメンタリー』
対象著者:Superfly 越智志帆
対象書籍ISBN:978-4-10-355031-0
彼女のエッセイを初めて読んだとき、あれ? と思った。テレビで見る彼女は、パワフルな歌声で聴く者を光があるところまで連れていくような逞しさがあるのに、文章の中では人と接することも、大きな音も苦手で、家が好きな内向的人間だと自らを説明している。とすれば、私たちが知っているあの「Superfly」というシンガーは、内気な人間の壮大な勇気の上に成り立っているのかしら?
そもそも彼女がウェブで連載していたエッセイを読みはじめたきっかけは、彼女が私の本を読んでいてくれたからだった。「ねぇ、Superflyの志帆さんがインスタで紹介してるよ!」と複数の知人に伝えられ見に行くと、あたたかい感想と共に確かに拙著が紹介されている。私は霞がかったハッキリしない文章を書くのに、それをあの晴れ渡ったような歌声の方が? と不思議に思った。それで彼女の文章を読んでみると、なるほど、こりゃあこちら側の人だ……と、日本屈指の実力派シンガーである越智志帆さんに、畏れ多くも妙な親近感を抱いてしまったのだ。
その後、有明アリーナで開催されたデビュー15周年のライブに伺う機会があったのだけど、開始2秒で「なんて大きな声が出るの!」と肝を抜かれた。いや、そりゃそうやろ、という感想ですみません。Superflyの声量が人並み外れているということは、日本国民であればおおよそ知っているようなことだけれども、びっくり転げるくらいに大きいんだもの。そして歌の上手なアイドルのことを「口から音源」と称賛するようなネットスラングがあるけれど、ライブでの彼女は音源どころじゃない。口……というか、身体全体が類まれなる楽器として鳴り響いている。それが153㎝という小柄な身体で、さらには産後という驚き。私は大きな音が苦手なのだけど、その小さな身体から出てくる表現に信じられないほどの爽快感があるもんだから、うわー! とたちまち笑顔になってしまった。与えられた命を、精一杯に燃やして生きている人は美しい。
しかし天に恵まれたような彼女の声にも、不調や苦労があるらしい。2016年からは喉の治療のために1年8ヶ月の休養をとったり、その後も不調を感じてボイストレーニングに通ったりしていたそう。エッセイの中で、彼女はボイトレの日々をこう振り返る。“声の若返りに必要なのは刺激&緊張。練習曲には、ハワイアン、クラシック、ジャズなど、いつも歌わないようなジャンルやフレーズ、日本のポップスでは使わないような複雑なスケールを使って筋肉に慣れない動きで頑張らせる。さらに、課題曲のキーを変えながら「こんな高さでこんなフレーズ歌うの?!」と刺激を与えます。そして、慣れてきたらまた新しいメニューに変えて、常に新しい緊張感を与える。”“とにかく動かして休ませて、そしてまた動かして……を繰り返し、超回復の原理で強くするのですが……キツイ……。正直、こんなに毎日練習したことはありません(笑)。”
あのSuperflyが、これほど地道な練習を……とまずは感服してしまうのだけれど、そうした努力の成果あり、自らの声域を2オクターブと11半音から、5オクターブ近くまで拡張させたのだとか。そして、デビュー以来ずっと受け身な姿勢で進んできたという彼女は、ボイトレを経て初めて、自分からスタッフに「ライブがしたい!」と提案。努力による身体的な変化は、心までも変えてしまうのだ。
いや、というよりも彼女は、身体の中に存在するあまりにも特異な個性と向き合い続けた結果、持ち前の内向性を超えてそちらを尊重してあげるようになったのかもしれない。彼女は自らの声についてこう綴る。“私が幸運だったのは、驚くほど身体が頑丈だということ。そして、両親から声帯という繊細な楽器をプレゼントしてもらったということです。私の歌声は子供の頃から太く伸びやかで、歌うには良い条件が揃っていたと思います。これは先天的なもので私の努力によるものではないのが、内心複雑なところですが……(苦笑)。”“心と体は繋がっています。私にとって、声は親友のような存在。”
声は親友。つまり越智志帆という人にとって、あの大きくて高らかに響く声は、自分の中に生まれたときから存在している他者なのだ。内向的な人間が、内側にいる他者にひたすら向き合って、話し合って、手を取り合って、親友と呼べるほどに仲良くなって……そうしてSuperflyというスターを生み出してきたのか、と合点がいった。ちなみにSuperflyの意味は、米国のスラングで「超カッコイイ」!
一つの身体に多様性を宿している彼女は、世界を見る視点も複数持つ。あるときは野菜くずを活用して出汁をとることの喜びを綴り、あるときは何万人もの観衆の前で歌う快感を綴り……。そして本書書き下ろしの妊娠出産レポでは、また新たな視点が現れてくる。越智志帆の多彩な内面が、飾ることもなくそのまま綴られたエッセイ集。読み終える頃には、どんな場面でも懸命に生きる「超カッコイイ」友人が出来たような、なんとも嬉しい気持ちが残る。
(しおたに・まい 文筆家)