インタビュー

2023年7月号掲載

『オルタネート』文庫化記念特集 著者インタビュー

加藤シゲアキの現在地

加藤シゲアキ

直木賞候補、本屋大賞ノミネート、吉川英治文学新人賞受賞のあの話題作『オルタネート』が待望の文庫化!
躍進続く作家の次のステップは――。

対象書籍名:『オルタネート』(新潮文庫)
対象著者:加藤シゲアキ
対象書籍ISBN:978-4-10-104023-3

舞台に立つのは「究極の読書」

 文庫版『オルタネート』の著者校正やあとがきの執筆は、舞台『エドモン』の公演と重なって正直本当に大変でした。でも舞台に立つ仕事は、作家としての自分にとって非常に重要なものだと思っています。
 演劇をやるたびに僕は、本の読み方を教えられているような気がしています。『エドモン』は19世紀末、『シラノ・ド・ベルジュラック』を書いたエドモン・ロスタンを主人公にしたフランスの戯曲なのですが、当時のフランスの社会背景や演劇界についてのレクチャーを専門家から受けたうえで、台本を何度も読み込み、セリフを反芻し、時間をかけて一つのテキストを隅々まで解釈していきました。これは、ある意味で読書の究極の形態なんじゃないかと。
『エドモン』の本国での初演は2016年です。今なぜ、その時代を舞台にした演劇を面白いと思えるのか、それは現代的な視点を持って観るからなのだと思います。名作『シラノ・ド・ベルジュラック』が、実は若く貧しい劇作家が短期間で書き上げたものだった、という意外性はもちろんですが、作者のアレクシス・ミシャリクによる当時のフランス演劇界に対する驚きやリスペクトなど、ある種の批評眼も盛り込まれています。

これから書いていきたい小説とは

 実は『オルタネート』以降、自分の中で問題意識として生まれたのが、作品の中に「自らの批評的な視点」を取り入れたいということでした。それが30代半ばになった作家としての責任なのかな、と。
『オルタネート』は、誰もが通過してきた青春時代をテーマにしたので、若い世代だけではなく、もっと上、50代の読者からも「胸に刺さった」という感想をもらいました。「スクールカースト」という言葉が存在しなかった頃から、教室の中にそうした人間関係というのは必ず存在してきたはずですし、10代特有の揺れ動く心の動きは、皆が身に覚えのある感覚だと思います。そんな高校生の「普遍」を写し取るつもりで書いた小説でした。
 でも今後やっていきたいのは、作品のなかに思想的な問い、例えば「今、自分たちは何に不自由をしているのか」「今、自分たちは何に違和感を覚えているのか」といったものを設定し、「普遍」ではない自分なりの考えを提示したい、ということです。
 そういうことを僕はこれまでやってきませんでした。デビュー作の『ピンクとグレー』から『オルタネート』まで、自分の知っていることや、経験してきたことを等身大で書いてきたので。もちろん、意識していなくても、自分の批評的視点は多かれ少なかれ作品に反映されてきたのだとは思いますが、もっとそれを意識的にやっていきたいんです。
 ジャーナリスティックな視点も取り入れてみたいです。例えば実際に起きた「大きな出来事」を題材にしてみる、ということにも取り組むべきかなと。震災やコロナはまだ渦中にいるわけだし、モラルの問題もあるし、物語に絡めるのはとても難しい。でもある程度時間が経ってから、その時に何が起きていたのか、ということを分析し、考える視点を提示する、というのは物語にこそできることなのだと思います。
 現代的、思想的なテーマに挑戦しようとすると、「今これを書くのは危ないな」という場面に出くわすかもしれない。そんなときに「危ないから避ける」のか「危ないからあえて丁寧に書く」のか。物語を書く以上、誰かを傷つける可能性は常に付きまとうので、筆力ももちろんですが、人間性のようなものも試されてくるでしょうね。「パンドラの箱」を開けるような覚悟が必要かもしれません。

『オルタネート』という卒業

 もちろんテーマが立ちすぎて説教くさくならないようにはしたいです。エンターテイメントを手がけてきた作家としては、やはり読者に楽しんでもらえるものを書きたい、その気持ちに変わりはありません。
 そもそもこんなふうに意識が変わったのは、年齢のせいというよりも、『オルタネート』が直木賞や吉川英治文学新人賞といった文学賞の選考の場で、錚々たる先輩作家の皆様に読まれ、評される、ということを経験したからかな。
 例えるなら『オルタネート』は高校生の気分で書いていたけど、文学賞によって卒業させられたような。「そろそろ俺も高校卒業か。大学受験だな。さて何学部に行くべきか」という岐路に立たされている気分です。後輩作家も増えてきているし、留年している場合じゃないぞと(笑)。
(談)


 (かとう・しげあき アイドル/作家)

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