書評

2023年7月号掲載

春画の中にストリップ劇場の影を見る

春画ール『春画の穴―あなたの知らない「奥の奥」―』

新井見枝香

対象書籍名:『春画の穴―あなたの知らない「奥の奥」―』
対象著者:春画ール
対象書籍ISBN:978-4-10-355171-3

 ストリップショーの元祖といわれる「額縁ショー」では、半裸の女性がステージ上の額縁のようなセットの中で、ただ佇むだけだった。当時の男たちは、動かない裸体を見るために長蛇の列を作ったというから、ウブいことこの上ない。しかし昨今では、人気絶頂の国民的アイドルでさえ、ほとんど裸のような格好で煽情的なポーズをとり、それほど高くない値段で写真集を出版する。そんなことをされちゃあ、しがない踊り子がぽろりとおっぱいを溢(こぼ)したところで、だからどうした、であろう。写真集と同等か、それ以上の入場料を払ってストリップ劇場に通ってもらうには、ただ脱いで踊るだけではだめなのだ。
 時代とともに過激さを増したストリップは、本番ショーなどの笑えない時代を経て、お色気エンターテイメントに昇華しつつあった。そんな現代のストリップには、20分弱のステージにストーリーを持たせ、その流れで、まるで相手がいるかのようにエアセックスをしてみせたり、ステージ上にもかかわらず、自慰行為をしてみせる演出がある。スポットライトを浴びながらの公開オナニーだが、あくまでも自らの快楽のために、誰にも見られていないというていで行われ、それを黒子となった観客が固唾をのんで見守るのだ。冷静に考えると、だいぶオモロい。
『春画の穴』では、天狗面の鼻を使って、セックスとはこういうものか、と想像する年若き女を描いた、歌川国虎の『男女寿賀多(おとめのすがた)』(文政九年)が取り上げられている。この絵がなかなか興味深い。お姉ちゃんが何をしているのかわからず、目の前で無邪気に遊ぶ弟もなかなかいい味を出しているが、彼女のすぐ後ろからちゃっかり顔を覗かせる男に、なぜか既視感を覚えるのだ。彼女は天狗に夢中で、滑稽なほど堂々と覗き見をする男に、気付く様子もない。身を乗り出す彼も、天狗より本物がよかろうとしゃしゃり出るわけでもない。やはり似ている。もしこの覗き魔がもう少し後に生まれていたら、ストリップにどハマりして劇場に通い詰めたのではないだろうか。そして、もし彼女が男の存在に気付いた上でオナニーを続けているのだとしたら、踊り子の素質がある。
 勘違いしないで欲しいのだが、踊り子がステージ上でオナニーをする際、観客の目が刺激となり、通常のオナニーより気持ちがいいなどということは、夢を壊すようで悪いが、まずもってない。局部を弄りながら断続的に体位を変え、体を360度回転させるのは、どの席に座る観客にも万遍なく見せるためだ。決まった時間の中で全方位に気を配り、表情と動きで「今イッたな」と思わせなければならない。極めて冷静な状態でなければ、できる仕事ではないだろう。つまり踊り子の素質とは、人から見られて気持ちよくなる性癖ではなく、自分の快楽はさておき、人の期待にとことん応えてしまうサービス精神の旺盛さなのである。
《春画とは「性の営みが描かれた風俗画」》だ。一般的に現代で言うエロ漫画は男性読者に向けて作られており、春画にもそういったイメージを抱く人は多い。描かれる女たちの体形もシチュエーションも、男たちの身勝手な願望が込められているし、そもそも女性には、男性のような性に対する強い興味はない。……表向きはそうかもしれないが、果たして本当のところはどうだろう。著者の春画ール氏の見解によると、一概にそうとも言えない。
 明治四十三年の新聞に掲載された記事によると、当時にも春画を堂々と楽しむ女学生がいて、それどころか、女学生が人気絵師だった(!)という事実もあったようだ。ああ、やっぱりね! 実際の性行為に及ぶ及ばないに関係なく、エロを明るく楽しむ感性が女性にもある。それは当時の女学生たちと、春画を楽しむ春画ール氏と、ストリップ好きが高じて踊り子になった私が、何よりの動かぬ証拠だ。かつて日本全国に四百館あったといわれるストリップ劇場だが、現在は二十館も残っていない。世の中には無料で楽しめる過激なエロコンテンツが増え、同じくらいのお金を出せば、実際的なサービスを受けられる風俗もある。それでもしぶとく残り続けている理由のひとつに、女性の存在があると、私は思うのだ。
 春画は堂々と販売することが許されないものだった。それでも、現代を生きる女性の心を惹きつけ、こうして一冊の本にまでなった。ストリップも、現行の法律では、今後新たに劇場を作ることが許されない。それでも、新たな女性客は確実に増えている。
『春画の穴』が書店に並んだ今、ストリップが生き残る最後の砦はやはり、女性である気がしてならない。


 (あらい・みえか エッセイスト/踊り子)

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