書評

2023年7月号掲載

有望の作家、世に出づ

武石勝義『神獣夢望伝』

池澤春菜

対象書籍名:『神獣夢望伝』
対象著者:武石勝義
対象書籍ISBN:978-4-10-355081-5

 ファンタジーというのは大きくて融通の利く箱で、割となんでも入ってしまうように思う。だからなにをもってファンタジーとするのかはきっと人それぞれ考えが違う。
 わたしの基準は「そこに人が生きていること」。別世界の風や空気の匂いまで感じられたり、その世界で生きている人たちの生活に嘘がなかったり、なんだったら食べ物が美味しそうだったり。わたしにとってファンタジーを読むことは、その国を旅するようなことなのかもしれない。
『神獣夢望伝』の舞台となる耀(よう)の国はどうだろう? まだ地政学的にはやや不安定。行き先は慎重に決めた方がいいだろう。
 けれど、温かな人々と豊かな自然、とりどりの文化が素晴らしい。何より、当代随一という舞姫の踊りを見てみたい。この世界を夢に見、目覚めれば全てが消えてしまうという不思議な存在、神獣に出会うこともできるかもしれない。ただし、くれぐれも起こさないように気をつけないと。

 物語は何人かの人物の視点で進む。
 物語のはじまりとなる少年・縹(ひょう)は、謎めいた夢に悩まされ、夢の中で繰り返し見る景色を求めて旅に出る。
 稀代の舞姫、景(けい)。その舞の素晴らしさで太上神官に取り立てられるが、それは同時に愛する男との別れを意味していた。この国で最も優れた祭踊姫として神獣に舞を捧げながらも、その内心、運命への抗いや愛する男と再会する願いを忘れることはない。
 景と思い合っていた童樊(どうはん)は都に上がり、景ともう一度会うためにひたすら手柄をあげて出世しようとする。体格と膂力(りょりょく)に秀でた鐸(たく)、誰よりも良い目を持つ礫(れき)と共に、耀の国をめぐる戦いの中に身を投じていく。
 飄々とした美丈夫ながらも、鬱屈した闇を抱える神官、変子瞭(へんしりょう)。
 名将業暈(ぎょううん)の娘・業燕芝(えんし)は、勇猛果敢な男装の軍人。若年であること、女性であること、偉大な父を持つこと、さまざまな葛藤が時として勇み足となって表れてしまう。
 登場人物一人一人に物語がある。旻(びん)国を統べる酷薄で淫蕩な枢智蓮娥(すうちれんが)でさえ、嫌いになれない。むしろ出てきたときは「ようやく悪が!!」と心の中で快哉をあげてしまったくらいだ。
 それぞれの人物の物語は巧みに絡み合い、個人の意志と運命の流れとの間で揺れ動いていく。真っ直ぐに空を駆ける鳥が、風や他の鳥の妨害によって、思わぬ所に押しやられていくように。それでも、風に抗おう、目的地を見失わないようにしようと死力を尽くす鳥たちは美しい。その小さな羽ばたきがいつか神獣まで届くのだろうか。

 複雑な構成を淡々と書き切ってみせる。まさに日本ファンタジーノベル大賞に相応しい圧巻の一冊だった。
 これほど厚みのある物語を書き上げた武石勝義さんはどんな方なのだろう。気になって調べてみたが、本作がデビュー作なので当然ながら情報が少ない。
 プロフィールには「早稲田大学第一文学部卒。学生時代の創作欲が四年前になって突然再燃し、以来インターネット上の様々な小説投稿サイトを主に、作品を公開するようになる」とあった。
 検索してみると、確かに小説投稿サイトに二〇作を超える作品が上がっている(そのうち何編かは、わたしの関わるコンテストにも応募されていた。本作を読む以前に、武石さんの作品を読んでいたとは!)。中には総エピソード数二百十九話、七十四万六百五十四文字という大長編SFも。異世界ファンタジーもあれば、ホラー、ラブコメにギャグ、そして本書のスピンオフとも言える神獣の夢から生まれた世界を舞台にした連作短編もあった。
 ジャンルを問わず、書きたい&書ける人なのだろう。まだまだ引き出しがありそうで、今後、どんな物語を生み出してくれるか、とても楽しみ。

 物語の中に旅に出て、最後のページを読み、今、ここに戻ってくる。旅は終わるもの、本は読み終わるもの。それでも、縹や童樊と歩んだ旅が終わるのが寂しくてたまらない。
 あなたも、ぜひこの世界に旅立って欲しい。


 (いけざわ・はるな 書評家/声優)

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