対談・鼎談

2023年8月号掲載

『ニューヨークのクライアントを魅了する 「もう一度会いたい」と思わせる会話術』刊行記念対談

「家づくり」が日本を豊かにする

吉田恵美 × 山口周

インテリアデザイナーの吉田さんが、著書刊行に合わせて来日。
ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の山口さんとの初対談です。

対象書籍名:『ニューヨークのクライアントを魅了する 「もう一度会いたい」と思わせる会話術』
対象著者:吉田恵美
対象書籍ISBN:978-4-10-355071-6

山口 『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』は、おかげさまでたくさんの方に読んでいただきました。でも、ビジネスの現場で、美意識を武器に活躍する人が出てきてくれないと説得力がないなと心配だったので、吉田さんのご本(『ニューヨークのクライアントを魅了する 「もう一度会いたい」と思わせる会話術』)を読んで心強く思いました。

吉田 ありがとうございます。

山口 僕の本は、出てからしばらく反応がなかったんです。ビームスの設楽(したら)社長がTwitterで紹介してくださったのをきっかけに、山本耀司(やまもとようじ)さんなどファッション関係の人たちが最初に反応してくれました。「言葉にできなかったことをよくぞ言ってくれた」と。

吉田 「言葉にしてもらえた」と感じたのは私も同じです。私自身、直感や美意識が大事だとずっと言い続けてきましたが、言語化しきれていませんでした。山口さんのご本を読んで、私がやってきたことは間違ってなかったんだと勇気づけられました。

山口 吉田さんの本には仕事論と一緒に具体的なエピソードが紹介されていて説得力がありますが、NYのクライアントは大変な方が多そうですね(笑)。

吉田 特に富裕層の方には、なぜこのデザインなのか論理的に説明しないと納得してもらえません。時には説明だけでは足りなくて、そこで大切になるのが信頼関係であり、相手の心に寄り添うこと。気難しい方でも、真剣に向き合うと心を開いてもらえる瞬間があるんです。それで今回、コミュニケーションの大切さについて書きました。

山口 だから「とことん話を聞くこと」を大切にしているんですね。その上で、なぜこのデザインなのかという必然性をストーリーで語っているから、クライアントも「これが最善の選択肢なんだ」と腑に落ちる。実はこれは、アート(美意識)とサイエンス(論理)とクラフト(経験)の最も高度な組み合わせなんです。これができると、洋の東西を問わずに勝ち抜けるんだと吉田さんの本を読んで改めて感じました。

ウィリアム・モリスの言葉

吉田 山口さんは元々、家やインテリアにご興味があったんですか?

山口 僕は日本を本質的に豊かにするには、家が大きなテーマだと思っています。19世紀イギリスにウィリアム・モリスというインテリアデザイナーがいました。彼は家具デザイナーであり、ブックデザイナーでもあったわけですが、思想家、社会運動家という側面もあった。マルクスは「空想社会主義者だ」と彼を馬鹿にしましたけど、僕はモリスが好きなんです。モリスは機械とテクノロジーが進歩した後、最後に人間に残る仕事、人が永久にやり続ける仕事について、素晴らしい言葉を残しています。それは「飾るということだ」と。部屋に花を飾るだけではなく、社会全体を心地の良い空間に変えることが我々の仕事だと。

吉田 素晴らしいですね。人生を豊かにするための本質だと思います。

山口 僕は常々「家は総合芸術だ」と言っています。通常、総合芸術といえばオペラですが、もっと広範囲に創造性を用いて作る作品こそが家なんです。家には、料理、家具、絵画、音楽、植物、建築……全部があります。だから、暮らすことは総合芸術であり、すべての人は芸術家だと考えているんです。
 少し前にニュージーランドに、先月はコペンハーゲンに行きましたが、街並みも家も本当にきれいでした。それが、日本に帰って来た途端、がっくりしちゃって……。

吉田 よくわかります。私も「吉田さんは日本で何がしたいの?」と聞かれると、「インテリアを通して日本を豊かにしたい」と答えますが、なかなかわかってもらえません。家の大切さを少しでもお伝えしたいのですが……。

山口 新潟県に竹所(たけところ)という限界集落だった場所があります。ドイツ人建築家のカール・ベンクスさんが竹所の自然を気に入って、そこにある古民家を「こんな宝物があるのに、どうして新しく建てるんだ。リノベーションすれば、素晴らしい家になる」と、頼まれてもいないのにリノベをはじめたんです。豪雪地帯ですが、床暖房を入れて高断熱の壁と二重サッシにしたら、冬もTシャツ一枚で過ごせる快適な家になった。すると、いまはリモートワークができるから、すぐに買い手がついたんです。4000万円くらいするので現地の相場に比べたらかなり高いですが、東京に比べればリーズナブルですよね。それで、竹所は人口が増えた。そんな風に家が変わると、いろいろなことが変わるはずなんです。

吉田 本当にそう思います。先日、講演で秋田に行った際に県内を案内していただきました。秋田は人口減少率の高さばかり言われますが、素晴らしい自然があって資源も豊富です。何かお手伝いをできたらと考えています。

自分のやりたいことでなく

山口 僕は元々電通にいたんですが、杉山恒太郎さんという伝説的なクリエイティブディレクターがいました。彼が作った「サントリーローヤル」という高級ウイスキーのCMは、詩人のランボーや建築家のガウディについての高尚なナレーションと前衛的な映像で一度見たら忘れられません。一方で、小学館の学年誌の「ピカピカの一年生」や、「セブンイレブンいい気分」のCMも杉山さんです。彼がすごいのは、商品が売れたり、ブランドが愛されたりすることが何より重要で、自分が好きな表現をしたい気持ちが全くないこと。徹頭徹尾、どんな表現をすれば顧客とコミュニケーションがとれるのか、という仕事を職人としてやった。吉田さんも同じですよね。インテリアをデザインするだけでなく、相手の人生に意味を生み出している。自分が何を作りたいかではなく、「話をとことん聞いてあげて、クライアントのための唯一無二の空間を作る」ことをされています。そこがすごいなと。僕だったら自分のやりたいことが出てきてしまうと思うんです。

吉田 ひとりひとりの施主の話を聞いて形にするので、同じものはひとつもありません。だから、「○○スタイルで」と頼まれるのがいちばん困ります。

山口 僕は言っちゃいそう(笑)。

吉田 そういう方には「お話を伺った上で、デザインは私がご提案します。もし気に入っていただけたら、それがあなたのスタイルです」と伝えます。

山口 ただ、クライアントがよくない場合は、吉田さんの力を発揮できない可能性があるわけですよね。

吉田 そうなんです。デザインの枠を最初から決めてしまっていたり……。

山口周

山口 今、広告代理店って元気がないんです。代理店の人から「人材をどう育てたらいいか」とか、「クリエイティブディレクターのレベルを上げるにはどうしたらいいか」と相談されるんですけど、「あなたたちは勘違いしている」と言うんです。「代理店の能力のキャップはクライアント次第だから、クライアントを鍛えるべきだ」って。

吉田 まさに、それが真実なんです。「いい仕事には、いい仕事相手が必要」と本にも書きましたが、私はクライアントに育てられたとつくづく思います。

山口 例えば、どんなことでしょう?

吉田 インテリアデザイナーの仕事は、転居するとリセットされる面があります。その土地の人が何をどこで買って、どういう生活をしているか。どんなデザインや素材が好まれているのか。初心に還って学び直す必要があります。2005年に夫の仕事の都合でニュージャージー州に移った時、ショールームから紹介された仕事をクライアントに会わないまま引き受けたんです。プロジェクトが始まって1ヶ月くらいした時に、施主から「あなた、プロなのにこの土地について何も知らないでしょ」と言われてしまいました。

山口 これは、そう言える施主さんもすごいですよね。

吉田 その時にはじめてハッとして、今回の仕事は降りさせてくださいとお詫びしました。何も学ばないまま進めるわけにはいかない。あの時のクライアントの言葉は一言一句覚えています。

山口 すごく学びがある、成長につながる失敗ですね。僕は企業の人材育成や組織作りをやっていますが、いまの日本は失敗の粒が小さくなっています。吉田さんが経験したハンマーで殴られたみたいな失敗がなかなかできなくなっている。会社も上司も、ある意味、過保護に育てているんですね。吉田さんはホームランもデッドボールもあったかもしれませんが、打席に立つ密度は大事ですよね。

吉田 はい。失敗がないと成功はないと本当に思っています。その失敗をどう受け止めるかが大事だって。

山口 切り替えは早いタイプですか?

吉田 早い方だと思います。プロジェクトを10件くらい回していると、悩んでいる時間がないという面もあります。

山口 僕もよく「怒る、悩む、悔やむ、妬む、恨む」は「思考の五悪」だと言っています。悩んでいる時間って、生産性が低いんですよね。

サプライズがあるか

山口 アイデアには「驚きがある」か「驚きがない」かというヨコ軸と、「正しい」か「正しくない」かというタテ軸があります。何かをアウトプットする時には、「納得できるけど、つまらないよね」という、正しいけど驚きがない提案になりがちです。一方で、意外性のあることを言おうとすると、驚きはあるけど腹落ちしない。つまり正しくない提案になる。いちばんいいのは、「意表をつかれたけど、なるほど、そうきたか」という、驚きがあって、かつ正しいものですが、そんなアイデアを生み出すのは簡単じゃないし時間もかかる。吉田さんも「クライアントの期待の上をいく」ことを大切にしていると書いていましたが、そのためには相手の想定の外に出ないといけない。

吉田恵美

吉田 おっしゃる通りです。正しいけど驚きがない、という提案ではリピーターになってもらえません。逆に驚きが強すぎると拒絶されてしまう。「サトミと仕事ができてよかった」と言ってもらえるように、ギリギリのバランスで驚きを入れるよう意識しています。

山口 僕も執筆していて「ここで終えれば、夕方5時にディナーにいける。でも、何かもうひとつ驚きが足りない」という時がある。僕自身は、驚きがないと嫌なので粘るし、思いつかなければ、夜、横になってからも考え続けますが、吉田さんはどんな思いで驚きを大切にしているんですか?

吉田 おそらく、ブランディングの意識が強いからだと思います。私が何かひとつ加えることで、誰かほかのデザイナーではなく、吉田恵美の仕事だというサインが記されると思うんです。

山口 ちょうどいま書いている本に驚きが足りないかな……と気になっていたんですが、吉田さんとお話しできて良かったです。驚きがあるものにするべきだし、その方が楽しいですからね。


 (やまぐち・しゅう 独立研究者/著作家/パブリックスピーカー)
 (よしだ・さとみ インテリアデザイナー)

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