書評

2023年9月号掲載

わたしたちを助けてくれる小説

寺地はるな『わたしたちに翼はいらない』

前田敦子

対象書籍名:『わたしたちに翼はいらない』
対象著者:寺地はるな
対象書籍ISBN:978-4-10-353192-0

「自分だけが、ひとりぼっち」。そう思いがちな私に、寺地はるなさんの長編『わたしたちに翼はいらない』は、優しく寄り添ってくれました。
 この作品に登場する朱音(あかね)、莉子(りこ)、園田は、子どもの頃に負った心の傷を癒やせないまま、大人になりました。
 最初はそれぞれの生活が静かに描かれていますが、三人が交差し始めてから徐々にサスペンスのような展開になって、驚きました。とりわけ莉子と園田は危ない橋を渡りそうになって――。
 これまでの人生、それほど本を読んでこなかったのですが、場面ごとに自分の中から様々な感情が湧き上がってくるので、「次は誰が、どうなってしまうんだろう」と期待が止まらず。夜な夜な読みふけってしまいました。
 私には彼らのような経験はありませんが、心に少しすき間ができた時、ふいに出会った誰かに依存してしまう人は実際に存在して、私ももちろん例外ではないと自然に思えて。小説ですが、ドキュメント作品のような印象も受けました。
 朱音と莉子が喫茶店にいる場面では、人間関係のズレが生まれる瞬間を目の当たりにしました。同じ場所にいるのに二人の心の声がまるで違うんです。
 シングルマザーの朱音は飄々としているようで、実はかなり周囲を気にしていて、ワンオペで育児と家事をこなし夫のパワハラに耐える莉子は保育園のママ友との関係性を考え過ぎている。
 苦しみはそれぞれ切実だけど、全然違うことを考えていて、「あぁ、だから大人になるにつれて、『なんでこんなに』と思うほどに人間関係は複雑にゆがむんだ」と、日頃疑問に感じていたことに答えが見つかりました。
 私は、ひどいいじめを目撃したことも、その被害にあったこともありません。けれど、幼い頃の対人関係はトラウマのように残ってもいるし、「悩みなんてなさそう」と思われていても、大人になった今だって悩みは尽きない。
 自分で下した決断なのに「これで良かったのかな」と不安になることもある。それでも、そういう想いを抱えていても、「これが私の人生だと思えるのならいいんだ」と気付かせてもらいました。
 結婚や出産などで自分自身を最優先できなくなった時、将来が明るく感じられなくなってしまう女性も多いと思います。
 そういう人達がこの小説を読んだら、私が感じたみたいに、自分の人生に安心できるんじゃないかな。この作品は、わたしたちを助けてくれる小説です。


 (まえだ・あつこ 女優)

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