書評
2023年9月号掲載
私の好きな新潮文庫
だから短編集はやめられない
対象書籍名:『まぶた』/『姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集』/『義男の青春・別離』
対象著者:小川洋子/宇能鴻一郎/つげ義春
対象書籍ISBN:978-4-10-121522-8/978-4-10-103051-7/978-4-10-132814-0
(1)まぶた 小川洋子
(2)姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集 宇能鴻一郎
(3)義男の青春・別離 つげ義春
今、僕は自分の劇団の公演の準備中で、オムニバスのコメディ芝居を作っている。小説でいうところの短編集を作っているわけだが、登場人物の総数はかなりの数となり、それぞれにきっちりとした人物像を付けていくのは相当な労力になる。作り手としては意外に大変なジャンルだ。しかし、芝居であれ小説であれ、短編集は、作家が描きたい瞬間が、長編よりも高い濃度でそれぞれのお話の中に存在するので、伝えたいものをダイレクトに伝えられたり、「中にはお気に召さないお話もあるかもしれませんが」という冒険ができる魅力もある。
受け取り手としても、短編集は一つ一つは関係ない物語でも、通して読んでいくうちに、自分の中にぼんやりと出現した想像世界のピースが少しずつ埋まっていくような快感も得られるし、物語が幕を閉じる場面が好きな僕としては、一冊で何話もの話が終わる短編小説は好きなジャンルだ。
小川洋子さんの『まぶた』という短編集には、物語というものが持つ魔力や妖力のような人を惹き付ける渦から自然発生したと感じられる話が8つ収められている。
初めて読んだのは15年以上前だと記憶しているが、「こんなにも静かで力強いエンタメがあるんだ」と感動した。改めて読んでみたが、実に不思議な読書感覚だ。物語はひじょうに上品な手つきだが、力強く僕の胸元を掴み、その世界を連れまわす。ふいに一本背負いでもカマされそうな気配に怯える僕は、「そんなことしませんよ」とあっけなく解放されて胸を撫で下ろす。そうして、また次の物語へとページを捲るのだ。ひとつひとつの話が小さな遊園地の乗り物のようでありながら、乗っている最中はまるでリアルな夢を見ているような生々しい感覚がある。目が覚めてしまえば、あり得ないと笑ってしまえるようなことが、その最中には気付けない、あの感覚だ。小川さんの持つディテールのアイデアが好きだ。キャンディーの缶に入ったヤモリのミイラや、痴呆症治療のためのアコーディオン同好会、髪の毛の生えた卵巣……絶対おもしろい方なのだと思う。
宇能鴻一郎さんの『姫君を喰う話』に収められているのも傑作ばかりだった。表題作は煙と客が充満するモツ焼き屋で晩酌中に虚無僧が隣に座ったことから話が急展開する。この始まりと、物騒なタイトルに心を惹かれた僕だったが、それよりも心つかまれる話がいくつかあった。
どの話も、むせかえるような描写は常に淫靡で濃厚だが、同時に切なく儚い。昔話のような暗く恐ろしい部分に、生と性が縄のように絡まり、物語は力強く脈打ち色を放つ。今は昔の話が多く、あらゆるコンプライアンスに抵触する話ばかりだが、現代人が今本能で求めているのはこんな物語たちなのではないだろうか。たまにはこういう物語を脳に喰わせてやらないといけないと思う。精がつくはずだ。
最後は、漫画で、つげ義春さんの『義男の青春・別離』だ。
この本は、本当にお得で、一家に一冊あっていい。騙されたと思って読んでほしい。つげ義春さんの漫画の魅力が全て詰まっていると思う。全部で14話入っている。「寂しくてエッチ、それすなわち若者の全て、いや人間の全て」といった感じが暗くひたひたと描かれている。シュールでめちゃくちゃ笑える作品も入っている。とにかくお得な一冊なのだ。まるで昭和の寂れた温泉街が一冊になったような。
というわけで、珠玉の三冊を紹介させていただいたが、読んでみたら全然違うじゃねえか!という声が起こるかもしれない。無理もない、それこそが短編集の魅力なのだ。どの話があなたの心に居座るか。僕との違いを楽しんでもらいたい。
(いわさき・うだい お笑い芸人/劇作家)