対談・鼎談

2023年11月号掲載

南沢奈央『今日も寄席に行きたくなって』刊行記念対談

明日も寄席が楽しくて 前編

南沢奈央 × 蝶花楼桃花

自身初の著書となる落語エッセイ集が刊行される俳優の南沢奈央さん。
昨年真打に昇進した大注目の落語家・蝶花楼桃花師匠と、溢れる落語愛と寄席への思いを語りつくします。

対象書籍名:『今日も寄席に行きたくなって』
対象著者:南沢奈央/漫画・黒田硫黄
対象書籍ISBN:978-4-10-355331-1

「これやりたい」で飛び込んだ

南沢 あらためて桃花(ももか)師匠、真打昇進おめでとうございます(桃花師匠は2022年3月に真打に昇進し、春風亭ぴっかり☆から蝶花楼(ちょうかろう)桃花に改名した)。

桃花 ありがとうございます。まだ二つ目の時に南沢さんとお会いしたのですが、その折の話もご著書『今日も寄席に行きたくなって』に入っていて、嬉しかったです。

南沢 この本の元になった連載を「波」で始めて、落語や寄席についての勝手な思いを書いていたのですが、ふと、若手落語家の方がどんなふうに芸と向き合ったり、日常を送っているのかを知りたくなって、真打昇進直前の時期のぴっかり☆さん、今日の桃花師匠にお話を伺いました。それがきっかけで、恐れ多くも師匠と私の二人会を池袋演芸場で開き、落語(新作「前座ぽっぽ伝説」と「厩火事」)を披露する機会もいただいて……本当にお世話になりました。

桃花 ご本からは、タイトル通り、南沢さんの寄席への愛がすごく伝わってきました。私はいきなり落語(これ)やりたい!」ってぽんっとこの世界に入ったタイプだから、「寄席に通い詰めて、ネタに詳しくなって、お目当ての芸人さんを持って」みたいなことをしてないんです。だからすごく羨ましかった。

南沢 趣味だから楽しいんですよ。高座に上がるなんて考えたこともなかったです。

桃花 自分にも、趣味として落語に接する時間がもっとあったら良かったなあと羨ましくなったぐらい素敵な本でした。何より「寄席は楽しい」ことを熱く伝えてくれているのが嬉しかったです。これを読んだら、「一回寄席ってところに行ってみよう」と絶対思ってくれますよ。

南沢 最初に落語を聴き始めた時は、全然知識がなくて。でも知ったらもっと楽しいだろうな、と思ったんです。だから、寄席に行く時はいろんな演目を解説している本を持って行って、「今のはこの噺かな?」って調べたりしてました。

桃花 「今のは『狸賽(たぬさい)』って言うんだ!」みたいな。

南沢 知らないで聴いても楽しかったんですけど、その噺を何回か聴いた上で、「あ、来た来た」という感じもまた楽しいんですよね。こうして中毒になるというか。

桃花 知れば知るほど中毒になっていく。まあ沼ですよね。どの世界も同じかもしれないけど、寄席は特にそうなんです。寄席も入るまではコワイ場所と思うかもしれないけど……。

南沢 女性ひとりでも大丈夫です(笑)。感激したのは、師匠と池袋演芸場に出させていただいた時、「楽屋、本当にこんなに狭いんだ」。落語家の方がときどきマクラでボヤくのは真実だった(笑)。

桃花 池袋の楽屋は四畳ですからね。あのスペースに最大八人は入ります。畳一畳に二人。

南沢 その状態で着替えもされるわけですよね?

桃花 だから前座は半畳のスペースで着物を畳む訓練もするんですよ。

寄席にしかない「一体感」

桃花 ご本にはその二人会のこともたくさん書いていただいていました。

南沢 まさか定席の寄席の高座に上がってトリを取ることになるとは思ってなくて、わなわな震えていましたが、でも本当に貴重な経験でした。

桃花 南沢さんの文章を読んで、「こんなに緊張してたんだ」と意外でしたよ。まるで、そんな風に見えなかった。何より、ちゃんとお客さんに噺を語りかけている形がありました。ふだん私たちが緊張すると、自分だけでバアーッと喋ってしまう傾向がありますが、あの時の南亭市にゃお(南沢さんの高座名)さんにはそういう素振りが全くなかった。寄席デビューでお客さんと意識して対話ができるというのはすごいと思いました。

南沢 すごい褒め上手(笑)。確かに、寄席という独特の空間では、お客さんとコミュニケーションをとらないと絶対だめだとは思いました。お芝居をやる劇場にはない一体感ですよね。

桃花 また、池袋演芸場という空間が特にね。

南沢 特に、なんですね(笑)。

桃花 あれが浅草演芸ホールさんだとまた違ったと思いますね。池袋は高座も板の間で、お客さんも他の寄席より近いですもんね。

南沢 でも、ああやってリアクションがすぐに届くから、キャッチボールしやすいというか。

桃花 それ、我々が何十年かけて目指すことですから。初っ端からできるのが本当にすごいです。

南沢 お芝居はあまり正面切って演技しないので、あんなにお客さんの顔を見たのは初めてでした。高座の落語家さんはどのあたりに視線を定めていらっしゃるものですか?

桃花 池袋だと全員の顔が見えます(笑)。一人ひとりが何をしているかも全部わかりますよ。メモした、あくびした、バナナ剥いた、とか全部。

南沢 バナナは目立ちそう(笑)。

桃花 バナナでは驚かないけど、後ろの方の席でパスタ食べてる人もいて。

南沢 えーっ、それは度胸あるかも。

桃花 めっちゃパスタをくるくるしてて、「え、何パスタなの?」って思いながら落語やる時もあるくらい、全員見えてます(笑)。

南沢 実は、そういうお客さんのあれこれ――退屈そうな顔とか(笑)――が見えるとダメになるかもと思って、私が高座に上がる時は、客席の照明を少し落としてもらったんです。

桃花 それでも相当見えたでしょう?

南沢 見えました。だからいつもの照明だと、すべて見えるだろうな、この環境で落語をやられてる方々は本当にすごいなあとあらためて思いました。

「女は落語やるな!」からの変化

桃花 寄席の雰囲気って、落語家のほうから合わせていくしかないんですよ。その日その日のお客さんたちの性格にもよるし、団体さんが入るとまた違ったりしますしね。これもやっぱり池袋の話ですが、あそこはマニアックなお客さんが多かったんですよ。少し前までは、腕を組んで「お前さんの芸程度じゃあ絶対笑わねえからな」みたいな感じのおじさんが並んでいたり。

南沢 うわあ、そんな昔の落語名人伝に出て来るようなお客さんがまだいましたか。

桃花 本当にいました。でも最近は傾向が変わってきて、池袋のお客さんが柔らかくなってきたんですよね。だから今の池袋、私すごい好きですね。

南沢 変わってくるものなんですね。

桃花 今は新宿末廣亭さんにマニアックなお客さんが増えてきた気がします(笑)。いや、笑いごとではなくて、もうものすごい大滑りしますよ。内心ズタズタです。

南沢 本当に?

桃花 幸い、私だけじゃなくて、芸人みんなヤラれてます。みんな討ち死にしては「やばいです」って言いながら降りてくる。これから高座に上がる人も「死んできます」みたいな(笑)。

南沢 そんな客席の雰囲気は、高座に上がった瞬間になんとなくわかるものなんですか?

桃花 わかりますね。というか、出番前に袖から聴いている時点で「あれ? 今日こういう感じ?」(笑)。「ずっとこういう感じなんだよ」とか「ちょっと柔らかくなってきた」とかお互いに情報交換しつつ、ネタを選びながらやっていくわけです。

南沢 すごいなあ。プロの情報交換と連携ですね。楽屋は結構忙しい(笑)。

桃花 それでも、どの寄席のお客さんも昔よりは柔らかくなってきたと思います。

南沢 年齢層が変わってきた感じですか?

桃花 若いお客さんも増えてきましたが、全体的な年齢層はあまり変わらないかも。

南沢 お客さんの見方がちょっと変わってきた?

桃花 それは言えます。前はもう「女は落語やるな!」みたいな人とかもいましたから。私が高座に座った瞬間に、あえて私にわかるように席立って、出て行ったり。

南沢 そんなことまで……。

桃花 でも、そういうの本当になくなってきました。やっぱり時代の変化ってありますね。

南沢 浅草演芸ホールでの「桃組」(桃花師匠が企画した、落語や色物など全ての演者を女性のみで番組構成した十日間興行)は話題になりましたが、お客さんの男女比はどうでしたか?

桃花 最初は男性のほうが少し多めで、こんな感じで最後までいくのかなと思っていたら、後半になるにつれてどんどん女性のお客さんが増えてきたんですよ。

南沢 評判を聞いて、足を運んだ女性が多かったんですね。

桃花 これはすごく嬉しくて、楽屋で「今日もまた増えてるよね?」ってみんな小躍りしてた(笑)。年齢層もだんだん若くなっていって、千秋楽なんて若い女性が半分ぐらいいて、涙出そうになりました。

南沢 すごい。

桃花 十日間で、ずいぶん熱気が変わっていました。最後は二階席の後ろまで立ち見になってて。「SNSで見ました」っていうのは、今の時代ならではでしたね。昔は十日間の番組の中でそんな大きな変化はなかったですから。本当に良い経験でした。「こういうことがやりたいんだ」と説明したら、落語協会も全面的に応援してくれました。

南沢 女性だけでの番組だと、演(や)る演目は普段の寄席と変わるんですか?

桃花 噺も変わらなかったし、楽屋の雰囲気も変わらなかったのが面白かったです。なんかもっとフローラルな感じになるかと思ってたけど(笑)、そうでもなかった。でも、みんなでパーッて肌着になれる感じはやっぱり楽しくて。「隠して着替えなくていいんだ、わーい!」みたいな。

南沢 確かに!

桃花 前座さんだけは男性に入ってもらっていたので、「逆バージョン!」とか言っていじったり(笑)。でも、「うちらはいつもこの肩身の狭さ感じてたんだよ~」って。

南沢 それだけ女性の噺家さん、芸人さんの層が厚くなったってことですね。

桃花 この先どんどん女性真打が増えていくので、ここからまたフェーズが変わっていくでしょうね。それも踏まえて、新しい形で「桃組」第二弾ができればと思っています。

南沢 楽しみです!

 (次号に続く)


 (みなみさわ・なお 俳優)
 (ちょうかろう・ももか 落語家)

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