対談・鼎談
2023年11月号掲載
「第56回造本装幀コンクール」入選! 緊急記念座談会
こんな感じのチームで「日本代表」に
燃え殻(小説家・エッセイスト)× 熊谷菜生(ブックデザイナー)× 大橋裕之(マンガ家)
新潮社担当者(装幀部・黒田貴/出版部・田中範央)
写真撮影・筒口直弘(新潮社写真部)
対象書籍名:『それでも日々はつづくから』/『ブルー ハワイ』
対象著者:燃え殻
対象書籍ISBN:978-4-10-351013-0/978-4-10-351014-7
カバー誕生の舞台裏
新潮社 燃え殻さん著『それでも日々はつづくから』が「造本装幀コンクール」に入選し、九月に贈呈式が行われました。まず、このコンクールについて簡単に説明させてください。出版社と印刷会社の団体である日本書籍出版協会と日本印刷産業連合会が主催し、前年に刊行された書籍の中から出版社が自社本をエントリーし、本文の文字組みやレイアウト、カバーや表紙の美しさ、資材の適性、印刷、製本などあらゆる角度から審査されます。入選作には日本書籍出版協会理事長賞、文部科学大臣賞、東京都知事賞などがあり、ブックデザインに特化したコンクールはほかになく、スタートは1966年、今年で第56回となります。
熊谷 新潮社が数ある自社本の中からエントリーしてくれた一冊であることが、ありがたいですね。いただいたのは日本印刷産業連合会会長賞で、印刷業界から素晴らしいと認められたことも、うれしいです。
新潮社 すべての入選作はドイツのライプツィヒで行われる「世界で最も美しい本コンクール」の日本代表として出品され、フランクフルトの「ブックフェア」でも展示されます。
燃え殻 われわれも連れて行って欲しいですね、ドイツ(笑)。
新潮社 重厚な入選作が多いなか、この本は「小B6判」という判型で左右120ミリ×天地182ミリ、一般的な四六判より小ぶりです。この判型は熊谷さんからご提案があって、異論なく、すんなり決まりましたよね。
燃え殻 すんなりでしたね。
新潮社 燃え殻さん、熊谷さん、イラストの大橋さんに新潮社へお越しいただいた、最初の打合せのとき、熊谷さんはカバーのラフを作ってきてくれました。これを見た一同は「おお」「いい」とたしか二十秒くらいで、カバーもすんなり決まりましたよね。
熊谷 いや、すんなりではなかったような……(笑)。カバーデザインを詰めていく中で、燃え殻さんから「違うものも考えてみて欲しい。たとえば、つげ義春さんの本のような、ああいうイメージ、どうですか?」と言われて一度方向転換しています。最初のカバーイメージは、カバーを外した本体表紙に活かされています。
燃え殻 そうだった、忘れてた(苦笑)。つげさんの本が大好きで、古本屋で見つけると、高いなと思っても、つい手が伸びる。つげさんの函入り本の、あのような佇まいもいいなと、そう言えば、熊谷さんに伝えてました。
大橋 私もつげ義春さんはもちろん好きですけど、ラフを見たとき、自分のこの女性のイラストでいいのかなと思ってしまった。顔がはっきりと見えてなくて。
新潮社 秒で決まった! と歓んでいたのに、あの場では様々な思いが渦巻いていたんですね。気づかず、すみませんでした。この本は燃え殻さんが週刊新潮に連載したエッセイをまとめ、カバーで使用しているのは大橋さんによる連載のイラストです。
燃え殻 カバーは女性のキャラクターが良いと熊谷さんに提案していたと思う。大橋さんの描く女性はちょっと艶(いろ)っぽくて、哀愁があり、可愛くて、すごく好きでしたから。
熊谷 アンニュイな女性とたばこの煙、書名と「燃え殻」という著者名は合うだろうなと思いました。イメージは函入りの、書名と著者名が印刷してある色紙(いろがみ)が表紙に貼られている本。色紙にあたる青色の部分を立たせたくて、そこにエンボス加工かグロスをかけるのもありかと考えたのですが、最終的には箔押しが良いのではないかと装幀部の黒田さんに相談しました。
新潮社 薄い茶系のクラフト紙に濃いめのブルーの色を載せて題簽(だいせん)風にして、イラストと文字は墨にしています。イラストがつぶれず、文字を読みやすくするには、たしかに箔押しが良く、すべてに箔を押しています。
燃え殻 えっ、すべてですか?
新潮社 すべてです。髪の毛の網点とたばこの細くて、たゆたう煙に箔は難しく、無理かなと思いましたが、熊谷さんのデザインと印刷の勝利で、見事な仕上がりになっています(①)。
熊谷 カバーが文芸作品っぽい、しっとりとした雰囲気になったので、帯には遊びを入れて取っつきやすくしたいという思いがすごくあって。大橋さんの描く燃え殻さんのイラストがとても良いので、絶対入れた方がいいとお伝えしたら……。
燃え殻 イヤだ、要らないよと却下しました(笑)。
熊谷 燃え殻さんが寝そべっている、すこしユルい感じのイラストを入れてお見せしたら、こういうものは……と反対された(笑)。
燃え殻 それでも結局、OKしました。そうしたら、帯にはおにぎりが飛んでいたり、カレーライスと抱擁しあう男女のイラスト入りで、けっこう遊んでいて、いい感じになりましたよね(②)。
大橋 連載をまとめた二作目の『ブルー ハワイ』では、カバーにがっつり燃え殻さんのイラストが入ってますが。
燃え殻 あんなにイヤがっていたのに、何だよ、ですよね(笑)。人って変わるんです。
見ているだけで楽しい本
燃え殻 この前、糸井重里さんに会ったら、今年8月に出した『ブルー ハワイ』をめちゃくちゃ褒めてくれて、「これまでの本で一番良い。イラストの大橋さんは発見だね。これからはずっと二人でまみれながら、やっていくといいよ」って。「まみれながら」って、どういうことか謎でしたが。
新潮社 週刊新潮の連載は百回を超え、『ブルー ハワイ』に収録されている大橋さんの描き下ろしマンガ「イラスト制作裏話」からは、すらすらと描かれている様子がうかがえます。
大橋 そんなことはなくて、毎週、迷ってます。すぐ二、三案浮かぶんですけど、連載がこれだけつづくと、前にも似た感じのものを描いてなかったっけ? と不安になるときもあり。憶えてなかったりするんで、すみません。
燃え殻 前に書いたもの、僕も忘れてます(笑)。
大橋 同じだったら、週刊新潮の連載担当の高岩さんが気づいて、指摘してくれるだろうと頼りにしています。不安がありつつも、楽しんで描いてます。
燃え殻 僕も連載当初は不安で怖すぎて、朝起きるとまず週刊新潮のエッセイを書いて、担当者に送ってました。「原稿、ダメだったら、早めに言ってくださいね」って。
新潮社 かなりストックがたまり、連載を始めた年の夏頃には、年末か年明け掲載号の原稿をお書きになっていたんですよね。
燃え殻 最近は少し先に書いておき、余裕を持てるようにしています。大橋さんのイラストも以前は掲載前に見せてもらっていましたが、いまでは発売日に週刊新潮で初めて見ています。でも、それが良くって。今回はここを切り取ってもらえたかって。
新潮社 こうしてたまった連載を単行本にまとめる際、並びは雑誌の掲載順でなく、シャッフルしています。燃え殻さんのエッセイは基本、時事ネタは扱わず、身辺や過去の出来事をつれづれなるままに回想して綴っているものが多いから、並び替えられるし、並び替えによって味わいも違ってきます。
燃え殻 並び替えの作業はいちばん好きかもしれない、というくらい好きですね。単行本担当の編集者、田中さんと「恋愛っぽい内容のものは固めず、散らしますか」とか「作家業にまつわるものは後半にまとめますか」「本の入り(巻頭)は前向きで、すこし明るめのものにしておきますか」等々、連載のコピーを見ながら何度か話し合いました。ここはアップテンポのリード曲にして、このあたりにバラードを入れておこうかと、アルバムの曲順を決める、あの感じです。
大橋 『ブルー ハワイ』のゲラが送られてきたとき、「打ち上げ花火は途中で飽きるよね」のエッセイがトップで、新刊ではいちばん好きなものだったから、そう来たかと、前のめりになりました。
燃え殻 僕もいちばん好きです、打ち上げ花火。だから巻頭で良いのかと迷った。でも本屋で立ち読みしたり、さわりだけ読んだりするひとに「こういうテイストのエッセイか」とわかってもらいたくて、いきなりシングルカットの曲から始めてみました。
新潮社 大橋さんのイラストは週刊新潮の連載では、このように四角の枠におさめられていますが(③)、単行本では熊谷さんが四角の枠からイラストを取り出して、ちりばめています(④)。
燃え殻 イラストのちりばめかたがまた、凝りに凝ってる。イラストがこんな感じで入っている本、ほとんど見たことがない。見ているだけで楽しい。
熊谷 燃え殻さんのエッセイは、オープニングとエンディングがあるのが映画のようで、始まりか終わりにイラストを入れるとハマると思いました。それで大橋さんには申し訳ないと思いつつ、枠から取り出させてもらいました。でも大橋さんのイラストは、背景をなくしても、可笑しさや大橋らしさは全然揺るがなくて、絵力が凄いんです。
新潮社 熊谷さんのイラストのレイアウトは尋常でなく手間をかけ、工夫を凝らしてます。
熊谷 この「世界は弱肉強食で出来ている」は、始まりと終わりのどちらにもイラストを入れたら、うまくハマって、すごく気に入っています(④)。
新潮社 始まりと終わりにイラストが入っているのは、ほかにもあります。これは燃え殻さんが単行本に入れないでボツにしようとしたエッセイですが、押し切って収録してよかったです(⑤)。「人生相談」のエッセイでは、つながっていたイラストを切り離し、しかも前と後ろを入れ替えて、つながりを断ち切っています(⑥)。
熊谷 大橋さんにはレイアウトを終えたあとでご確認いただいたんですが、NGはひとつもなく、お許しいただけてホッとしました。
大橋 NGどころか、意表をつかれました。こんな風に自分のイラストは使えるんだって。でも本当に大丈夫でしたか? イラスト、かぶってませんでしたか? クルマの中を描いたとき、前にも描いてなかったかと心配になってたんですが。
熊谷 クルマの中のイラストは数枚ありましたが、かぶってませんよ。
燃え殻 大丈夫です、かぶっていても、大橋さんなら可です(笑)。
イメチェンした『ブルー ハワイ』、その理由
新潮社 二冊目の書名は『ブルー ハワイ』。かなりイメチェンしたねと、社内外で言われました。燃え殻さんの週刊誌連載のエッセイをまとめた書名は『すべて忘れてしまうから』『夢に迷って、タクシーを呼んだ』『それでも日々はつづくから』でした。
燃え殻 『すべて忘れてしまうから』を出した直後、ラジオにゲストで呼んでいただき、「『ボクたちはみんな大人になれなかった』以降、燃え殻さんの本だけでなく、長い一文の書名が増えてますね」と言われたことを、ふと思い出して。長い書名が当たり前みたいになって、慣れ親しんだひとには、安心できて良いんだろうけど、読んだことのないひとには、新規で入ってきにくくなっているのではないかと。これまでと違った、抜け感みたいなのが欲しくなり、最初に思いついたのが『ロータス』。担当の田中さんに伝えたら、「良いんじゃないですか」と反対されませんでしたが、薄い反応でしたよね。
新潮社 「ロータスって、何ですか? 本のどこかで謎解きをしてください」とお願いはしていました。
燃え殻 むかし田園都市線の駒沢大学駅の近くに「ロータス」というカフェがあって、行列がよく出来ていて……と思い出し、でも「小洒落た書名にまたしようとしてやがる」と言われるのが癪で。とにかく、短くて、片仮名にしたかったんです。
新潮社 書名の前にカバーで使うイラストが先に決まってましたよね。これも連載のイラストの一枚です。
熊谷 そう言えば、このイラストに「ロータス」の文字を載せて、カバーのラフを作りました。
新潮社 一冊目のときと同じく、だだっ広い新潮社の会議室に全員で集まり、その打合せでもまた可笑しな話がいくつかあって。このイラストは燃え殻さんが鎌倉の海沿いの喫茶店でモーニングを食べているところで、カバーで使うには左右が足りなくて、大橋さんに描き直してもらうことになった。熊谷さんは「おしゃれな鎌倉でなく、うらぶれた熱海っぽい感じにしてください」と大橋さんに念押ししてました(笑)。
燃え殻 小洒落た感じを消しにかかっていた(笑)。
熊谷 新潮社サイドから背表紙に何か絵が欲しいと提案があって、わたしも背に赤い色を使いたいと考えていたんです。海だから灯台かなと話していたら、大橋さんがぼそっと「サメはダメですかね……」と仰って。
燃え殻 熱海にサメ襲来! なんてこと、なさそうですが、あがってきたイラストがサイコーでした。サメの口の中は熊谷さんの望み通りしっかり赤く、血の匂いがするんだけど可愛くて。
熊谷 サメの目もしっかり大橋さんの特徴の切れ長になってるし(⑦)。
新潮社 そんな話でやんやと打合せていたとき、ロータスの次に燃え殻さんが書名候補に挙げていた『ブルー ハワイ』が「海でぴったり」「ハワイっぽくないのがいい」「これしかない」と今度こそ、すんなりと決まりました。カバーの色調はこの打合せの時点で、すでにイエローとブルーで固まっていて、その後、大橋さんの奥さまに着色していただいています。
定番化というか安心材料
熊谷 書名をイメチェンし、燃え殻さんは本の中も変えたいのかなと想像する反面、このカバーにあわせて涼しげでクールなレイアウトにしようか、それとも、がつがつと攻めた方がいいのかと迷い……。
燃え殻 攻めてますよね。熊谷さんの「がつがつ」感がハンパないです。
新潮社 各エッセイのタイトルまわりは前作では統一されていましたが、今作では内容によって吹き出しになったり、看板風になったりして変えてます。ページを示すノンブルは熊谷さんの手書きで、イラストの中に食い込んで、溶け込んでいるものもあります(⑧)。そしてイラストのレイアウトが前作より大胆になって、大いに遊んでいます。大橋さんもイラストで遊んでますよね、パロディとか。
大橋 パロディは似ていすぎると、ファンや本人、関係者から怒られそうで、微妙にずらしてます。また世代的にパロディだとわからないものもありそうで、担当の高岩さん(二十代)に「わかりますか?」と訊いたり、参考図版を付けて送ったりしてました。
燃え殻 「innocent world」のシングルジャケットとか(⑨)、「盗んだバイク」のミュージシャンとかのですよね?
大橋 ええ。元ネタがわからなくても、別にいいんですけど。
新潮社 燃え殻さんが文中でアーティスト名を伏せているのに、そっくりさんのイラストを描いたこともありましたよね。ファンが「似ている!」とネットで騒いでいましたが(笑)。
燃え殻 わかるひとには、わかって、誰だかわからなくても、いいですよ(笑)。週刊誌のエッセイの連載はSPA!で始め、週刊新潮に移って、ほとんど切れ目なくつづけ、五年になります。最初のうちは、誰に向けて書いているのか、また誰と仕事しているのかも謎すぎていたんですが、いまは「読んでます」と声をかけてくれる人たちがいて、熊谷さん、大橋さん、新潮社のひとたちとはチームでやっているんだと、やっと感じられています。このことがうれしくて。さっきも言いましたけど、週刊新潮で始めたときは、ただ怖かった。怖かったから、ひたすら書いた。でも一冊目を出した頃から、この連載や単行本化が自分の中で定番化というか安心材料となっていて、楽しみに変わっていきました。二冊目でもルーティン化したり、「お仕事、お仕事」と手抜きや慣れがなく、装幀やイラスト、編集で新しい試みや遊びをチームでやろうとしていた。つづけていかないと、こういうことは、わからないですよね。二冊目で出し切った感があり、三冊目はいまノープランですが、このチームなら任せられるというか、また楽しめる、楽しませてもらえると思っています。
(もえがら 小説家/エッセイスト)
(くまがい・なお ブックデザイナー)
(おおはし・ひろゆき マンガ家)