書評

2023年11月号掲載

深夜の読書

小津夜景『いつかたこぶねになる日』

池澤夏樹

対象書籍名:『いつかたこぶねになる日』(新潮文庫)
対象著者:小津夜景
対象書籍ISBN:978-4-10-104721-8

 なにしろ詩人の文章だから凡百の雑文とは密度が違う。
 一箇所に錨を降ろすのではなく、ひらりひらりと連想のままに針路を変える。それを博識が支えて煽るからどこへ行くのかわからない。順風満帆。
 戸惑いながらその話の筋を追うのが楽しい。ただし濃厚なので一気に多くを服用すると副作用がありそうだ。一日の終わりに一篇ないし二篇くらいがちょうどいい。
 こういう風に抽象的に言っても未読の人にはわからないだろう。実際に一つを読み解いてみよう。というのはつまりぼくがこの軽やかで濃い文体を希釈してしまうことで、畢竟するところ野暮の極みだ。それを承知で凡人であるあなたとの橋渡しを買って出よう。
「はじめに傷があった」という話。
 始まりは鍋を焦がしたという誰の日常にもある事件である。水気がなくなったことに気づかずに火に掛けたままにしておくと素材は焦げて黒くなって底にこびりつく。スチールのたわしで丹念にこすって綺麗にする。斜めの光で見ると長年の使用でステンレスの表面に小さな傷が無数についている。
 ここで転調。鍋に水を入れて沸かすと沸騰のきっかけとして底の傷から泡が出てくる。傷の中に隠れていた空気が巣穴からいぶし出された狸のように(この比喩はぼく)出てきて水面に向かう。その後で水中いたるところから泡が湧き出すのだ。過飽和の溶液から何かが引き金になって一瞬で結晶が析出するのと同じ。
 傷がないと沸点に達しても水は沸騰しない、と詩人の夫君が言った。この人は理系で、無重力状態の飛行機の中で沸騰現象の研究をしたことがあるらしい。高々度まで上がった飛行機を自由落下の状態にすると宇宙ステーションまでいかなくても数十秒の無重力が得られる。
 そこから話はまったく無傷の完璧な器に移り、それが実在することを夫君が言い、そのあたりで磨いた鍋を見ている今に戻って窓の外にサーカスの宣伝車が来たことに気づく。
 しかし無傷が気になる。「季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、無疵(むきず)な魂(もの)など何処にあらう?」というランボーの詩を思い出して(この訳は中原中也だったっけ?)表題を確かめるために書棚の前に立つ。ところが延びた手はランボーではなく白居易の詩集を選んだ。たまたまその時、頭上を旅客機が飛んだことが促しだったのか。そしてここからが空に傷は着けられるかというこの文の本題となる。
「観幻」という八行の絶句を四行四聯のひらがなの七五調の定型詩に訳して提示する。すなわち――

 従歓終作感
 転苦又成空

 うれしいことも うつろえば
 かなしいものに なるだろう
 くるしいことも いつのひか
 うつろなかげと かすだろう

という具合の自由奔放な訳。

(この本ではすべての話が古今東西の漢詩につながっている。単行本刊行時の副題が「漢詩の手帖」なのだ。)
 なぜ飛行機が白居易を呼び起こしたのか?
 この詩の終わり、「もののゆくえを とうことに/みきりをつけて ながめれば/そらにはとりの とびさった/ただひとすじの あとがある」につながるから。
 古来、鳥の飛んだ跡は存在しないものの典型だった。最古の仏典『法句経』に、人の行跡を尋ねるのは空に鳥の跡を追うのと同じという文句がある。
 ところが無常を言う白居易は最後のところで「鳥跡印空中」とひっくり返した。小津さんは「この手のひら返しのすさまじさよ」と呆れかえる。あるいは感嘆し嘆息する。
 そして終わりでは白居易を裏書きするかのようにまた別の飛行機が飛んで航跡に細い白い雲を残す!

 小津さん、詩人であり表芸は俳句ということになっているが短詩型ぜんぶで新しいことをやっている。句集『花と夜盗』では李賀の「贈陳商」を連句の形で訳す。遊びたい放題。
 ペンネームは nightscape of a small harbour という意味なのだろう。深夜のぼくはこれを white river, night boat という自前の洒落につなげる(シラカワヨフネ)。
 いいものを読んだと満足してぐっすり眠る。


 (いけざわ・なつき 作家)

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