対談・鼎談

2023年12月号掲載

『行儀は悪いが天気は良い』刊行記念対談

最強にハートフルな“しゃべくりエッセイ”、爆誕!

加納愛子 × 綿矢りさ

「読書好き芸人」としても知られる、お笑いコンビ・Aマッソの加納愛子さん。
そんな加納さんが「雲の上の存在」と憧れる作家の綿矢りささんとの初対談は、あの童謡への思い出から始まり……。

対象書籍名:『行儀は悪いが天気は良い』
対象著者:加納愛子
対象書籍ISBN:978-4-10-355371-7

めっちゃ喋りながら書く

綿矢 テレビで私の本を紹介して下さってありがとうございました。

加納 こちらこそ、まさかお会いしてお話しできるとは……。今こうしているのが意味わからんぐらいな感じです。

綿矢 私もお会いできるのを楽しみにしていました。加納さんの新刊『行儀は悪いが天気は良い』を読んでいると、同じ出来事を私の方がちょっと上の年齢で体験していて。

加納 私、1989年生まれです。

綿矢 私の方が5歳上だ。そう、だから例えば「だんご3兄弟」に対する受け止め方が、年が違うだけでこんなに違うんだと新鮮でした。

加納 私が小学4年生の頃でしたから、綿矢さんはそうか、もう中学生だったってことですもんね。

綿矢 もっと幼かったら、このくらい純粋な気持ちで「だんご3兄弟」に向き合えたのかなって。

加納 確かにあれは、かなりしっかり「向き合って」ました(笑)。

綿矢 面白がるには、私は少し成長しすぎていたなぁ。もう今日はたくさんお尋ねしたいことがあって、メモをしてきたのですが、お聞きしていってもいいですか?

加納 はい、ぜひぜひ!

綿矢 エッセイを読んでいると、チャキチャキした元気の良い文体のせいか、アニメ『じゃりン子チエ』の快さを思い出しました。

加納 もちろん見てました! で、「似てる」ってめっちゃ言われます。

綿矢 あ、言われますか?

加納 私は大阪の住吉出身で、住んでいた地域がアニメの舞台と近いということも多分あるんかな。

綿矢 文体というか、文中で使われている大阪弁の印象に加え、ご家族やご実家によく来ていた謎のおっちゃんたちのキャラクターも濃くて、『じゃりン子チエ』だ!と。それに、皆さんお話がお上手で、コミュ力の高さにも驚きました。常に周りに人がいるようなご家庭だったんですか?

加納 そうですね。両親の友人がいつも出入りしていました。家帰ったら知らんおっさんがリビングでくつろいでいるのが日常でしたね。めっちゃうざかったです(笑)。

綿矢 そんな漫画みたいなことが! 加納さんを取り巻く人たち全員のギャグのレベルの高さといい、和気藹々とした雰囲気といい、ユニークな環境だったんだなぁと。

加納 友達の両親との関係を聞いて、うちはちょっと喋りすぎていたんだ、結構異常な環境やったんだなって、気がついたのは大人になってからでした。

綿矢 加納さんの場合、喋ることがお仕事でいらっしゃるので、文章を書くときは、頭の中で喋りながら書いてますか? それとも、「書こう」と決めて、書く方の言葉で書いていますか?

加納 あまり意識したことはないですが、多分喋りながら書いているんだと思います。私の場合、ネタの台本が「書く仕事」のスタートで、それは絶対喋りながら書いていて、なんやったら実際に口にも出しながら書いている時もあります。逆に喋らんパターンで綿矢さんは書かれるのですか? 目で書くってことですか?

綿矢 そうですね。頭の中で音声にせんと書く文章もあれば、例えばセリフとかは頭の中で喋りながら書くときもあって、二つある感じが自分ではしています。

加納 なるほど。

綿矢 加納さんのエッセイは、ずっと親しげに喋りかけてくれているようで、文体がとてもやさしくハートフルな感じがしたから、どんなふうに書かれているのか気になったんです。文体の温かさが他のエッセイと圧倒的に違うなって思いました。

加納 めっちゃ嬉しい! これからもめっちゃ喋りながら書きます(笑)。

エッセイふうの小説

綿矢 今回の新刊には、幼少期や学生時代、芸人になられる以前のお話を書かれていて、お父さんやおっちゃん以外にも高校の友達のキャラの立ち方には、嫉妬すら覚えました。休み時間に教室で曲を流して……。

加納 シンディ・ローパーの『Time After Time』を流している間、なぜか「Time After Time」のフレーズが来たら全速力で集まるあれですね(笑)。

綿矢 そんな面白いことを思いつくこと自体、笑いのレベルがかなり高いわけですが、それ以上に、それらを細部にわたって覚えている加納さんの記憶力のすごさと、笑わせようと狙って書かれた文章ではないのに読んでいて思わず笑ってしまうのは、過去を文章に落とし込む際のセンスが抜群やな、と。

加納 いやいやいや。「あんた何も覚えてへんな」って昔の友達に言われることもあるので、覚えているポイントが「笑い」に特化しているだけなんやと思います。「こいつおもろかったな」って記憶はあるのに、その子の部活が何部だったかは覚えていなかったりで。

綿矢 加納さんのエッセイの賑やかさを楽しんだせいか、私は自分のエッセイが本当にただただ「自分の感想」に終始していることが改めて問題やなって感じました。

加納 「自分の感想」というと?

綿矢 私はこう思ったとか、こういうところが良いと思ったとかばかりで、全部自分で完結しちゃっているんです。他者が全然出てこない、この「閉じ方」やばい!って焦ったし、自分のエッセイに寂しさを感じました。だから、次に書くときは「人」を登場させなあかんな、と。

加納 登場人物を増やすんですね。

綿矢 でも以前、大先輩の女性作家の方とお話しした時、その方がエッセイで書かれるご家族との会話が私は好きで、いつもこんなふうに話されているんですか?と聞いたら、「いや、全部架空よ」と言われたことがあって。

加納 ええーー。全部架空!?

綿矢 なので、最終的には、私も空想で書けば良いんだとは思っています(笑)。

加納 それはもう小説ですやん(笑)。

綿矢 確かに小説ですね、エッセイふうの。

加納 たとえ空想だとしても、エッセイという形態で書くのと、小説で書くのでは、全然違う仕立てになるものですか?

綿矢 そうですね。私の場合エッセイでは、あまり難しいことは書きたくないって思っています。ついつい難しいことを書きたくなってしまうのですが、そうすると読んでいる方は「リラックスして読んでたのに、急にシリアスな話題持ち出してくるやん?」みたいな気持ちになることがあるかなと(笑)。小説でシリアスになるのは大丈夫だけれど、エッセイでは絶妙な緩さを保ったまま書き進めていきたい。

加納 難しいというのは、テーマですか? それとも、感情の深いところに潜っていくような難しさですか?

綿矢 あくまで自分の好みとして、小説のように「主題」が強めに前に出てくると読みにくいと思ってしまうというか……。読者が面白がれる愚痴とかなら良いのですが、シリアスにはなりたくないなと。誰かと出かけたり買い物したり、そういう出来事を書けば、加納さんのように賑やかなエッセイになるのかなぁ。

加納 そんな、恐れ多いです……!

綿矢 でもそれは、まるまる一編、架空の出来事かもしれませんが(笑)。

笑いに固執しているゆえに

綿矢 この新刊では、芸人というお仕事についても率直な気持ちを書かれていて、それはどれも印象的でした。

加納 ありがとうございます。ちょっと恥ずいけど……(笑)。

綿矢 「挨拶と笑い」という章では、ある先輩の楽屋での振る舞いに非常に腹が立ったのに、舞台で披露されたネタを見てその先輩を「面白い芸人だ」と思うことができた。それについて加納さんは、〈なにより笑いが自分の中で、揺らぐことのない確かなものだと気づくことができた〉と書いています。また、「最高の仕事」という章には〈私は笑いの力を目の当たりにして、美しさと悔しさで泣きそうになった〉という一文がありました。「笑いの力」についてもう少し詳しく伺いたくて、それはどのような時に強く感じられるものですか?

加納 笑いの力……。特に舞台がそうですが、当然ながらお客さんが笑ってくれることで、自分の仕事の価値が決まるんですね。エッセイや小説を書かしてもらったときと特に大きく違うのは、反応がその場で返ってくるところ。だから、舞台上で肌で感じる笑いの「瞬間の純度」っていうのを、私はあまり疑ったことがないんだと思います。

綿矢 なるほど。舞台でネタをやる時は、台本はありつつも、お客さんの反応を見ながらアドリブを入れていったりもするものですか?

加納 そうですね、うちらは全然脱線する方です。今思い出したのは、大学時代、同じ映画サークルに控えめな性格の子がいて、一緒に帰った時、私が喋ったことに対して「こんな笑ったん、半年ぶりぐらいかもしれへん」って爆笑してくれたことがありました。彼女が今でもそれを覚えているかは分かりませんが、私は、その子の笑顔や口調を今でもはっきりと覚えているし、嬉しかった記憶として強く残っている。だから、自分は「笑い」にすごく固執しているなと思います。「そりゃあ、この仕事するよな~」と、どこか納得するところがあるというか……。

綿矢 すごく素敵な話ですね。

加納 でも、テレビにも出させていただくようになり、それなりに経験を積んだここ数年は、自分の代わりはなんぼでもいるということに改めて気がつき……。書き下ろしの章にも書いたのですが、「好きなことをやって芸人として売れ続ける」ためにあれこれと試行錯誤している感じです。あ、この流れでぜひ私からも質問させてください。小説のテーマで、書きたいテーマがあるけれど他の人が書いているからと、書くのを迷われることはありますか?

綿矢 あります、ありますよ。いつか書きたいと思っていたテーマと同じようなテーマの新刊が出ると、あー被った、でもこの人のほうが絶対うまく書いてるやろな~、悔しいな~ってことが何度もあります。

加納 そうすると、新作に取り掛かるとき、「自分にしか書けないもの」という部分は、どのくらい念頭に置かれますか?

綿矢 うーん……。私にしか書けないもの、というよりも、得意分野を書いてしまいがちかもしれません。私の場合、女の人の内面のこととか、女性同士の関係性とか。「小説のテーマ」とはずれますが、「短い単語」については誰か先に使っている人がいないか検索することもあります。つい最近だと、「火中の栗」を「Marron in the fire」と書こうかなと思ったら……。

加納 書かれてないですよ、それ。

綿矢 と思うじゃないですか。でも検索したら、「これはMarron in the fire案件だな」って、4人くらい書いている人がいて。ああ、「Marron in the fire」ってもう絶対遅いわ!

加納 いやいや全然遅くないですよ。

綿矢 5位ですから……(笑)。そういうのは調べたりはします。

加納 「Marron in the fire」、私も使いたいです(笑)。ちなみに、書きたくない日ってありますか?

綿矢 ありますよ。一行も書かない日はあって、締め切り前になると焦る感じです。

加納 自分との戦いですよね、ずっと。あと……断る仕事ってありますか?

綿矢 他分野とかの、自分の専門じゃない講演や講座の依頼はお断りすることが多いかも。最近だと、何かのインタビューで某バンドの曲が好きと答えたら、そのバンドについて1時間話してくれという依頼が来て、さすがに無理!と。

加納 1時間一人で講演するって、芸人でもなかなか大変ですもん(笑)。

綿矢 えーと、急に断る仕事の話になったのはなぜですか?

加納 いや、あのー……、今回の対談を受けて下さったのが本当に嬉しかったので……。

綿矢 あはははは! お断りする仕事、全然ありますよ。

加納 自分が喜ぶためだけの質問でした(笑)。今日は本当にありがとうございました。


 (かのう・あいこ お笑いタレント/Aマッソ)
 (わたや・りさ 作家)

最新の対談・鼎談

ページの先頭へ