書評

2023年12月号掲載

私の好きな新潮文庫

人間に潜む暴力性

塚本晋也

対象書籍名:『変身』/『沈黙』/『野火』
対象著者:カフカ/遠藤周作/大岡昇平
対象書籍ISBN:978-4-10-207101-4/978-4-10-112315-8/978-4-10-106503-8

(1)変身 カフカ/高橋義孝訳
(2)沈黙 遠藤周作
(3)野火 大岡昇平


 美術学科に在籍していた高校時代、課題の絵を描かずに本ばかり読んでいたので、呆れられたことがあります。読むべきといわれる本は大概この時期に読みましたが、その中で僕の創作の原点となったのはカフカ『変身』です。

変身

 朝起きたら虫になっていた――。僕の監督デビュー作「鉄男」は身体に鉄の種がうまれて、人間が畳の上で鉄になる話で、『変身』そのもの。僕は「鉄男」をゲラゲラ笑いながら作っていたのですが、カフカも『変身』を朗読するときには笑いながら読んでいたらしい。日常に異常が起こるという設定は僕が目指すものです。
 名作はそれなりに読んだと自負していたのですが、大人になるまで取りこぼしていたのが遠藤周作『沈黙』でした。ある日、オーディションの電話がかかってきて、誰の映画だと聞くと、マーティン・スコセッシだという。スコセッシ監督はご存命の監督の中で最も尊敬している方で、内容を聞くと『沈黙』だと。すぐさま書店に走り、一気に読みました。

沈黙

 僕は絶対に踏みます。踏まないなんてあり得ない。踏んで「ごめんなさい。ウソでした」と言います。ですから僕が演じたモキチのような人を演じるには、強い気持ちになれる別のことを見つける必要がありました。僕はどちらかといえばキチジローに近く、共感を覚えます。
 でも、今とは全く違うその時の状況だと、どうだろうか。
 その時代の生活状況があまりに酷いから、キリスト教に救いを求めていたのでしょう。だとしたら殉教して、短い人生が濃くなる方を選ばないとも限らない。現在の心境では、意地でも生きる道を選びたいですが。
 僕が『沈黙』で一番共感したのは「権力者によって一般市民が酷い目に遭う」ということ。外国との貿易を円滑に進めるために国が布教を許したのに、突如方針が変わり、キリスト教は禁止され、信者に拷問までする。それも嬉々としてやっていたのではないかと疑っています。人間の中には恐ろしい暴力性があり、「上から命令された」などの大義名分があれば、人はいくらでも他者を傷つける。つまり人間の凶暴性が引っ張り出されるのが戦争ではないか……。
 高校時代、とりわけ衝撃を受けたのが、大岡昇平『野火』です。大岡昇平の実体験が元であるにも拘らず非常に俯瞰的な視点で、冷静に、正直に主人公の気持ちが描かれていました。人肉食を含む凶事が淡々と描かれているので非常にわかりやすく、僕自身がまるで戦場にいるかのようにリアルに状況が迫ってきました。

野火

 同時にフィリピンの自然描写が大変美しかった。自然の美しさと人間の醜さ、この対比が素晴らしいと思い、当時8ミリ映画を撮っていたので、いつか自分が映像化したいと思っていたのです。50代になり、お金は全く無かったのですが、今作らなければという危機感があり、映画化する決意をしました。
 政治的なことはよくわかりませんが、当時、憲法改正の議論があり、その内容が僕には権力者の都合の良い内容に思えました。論理の飛躍は重々承知ですが、この考えで突き進めば戦争になってしまう、と強く感じたのです。
 生きるか死ぬか、戦場という異常な状況にいると人間は獣になる。人を殺さないとか、食わないとか、余裕があればいくらでも口にできますが、戦場で美徳を貫くのは難しい。綺麗事を言う前に、人間の叡智があるのですから、なんとか戦争に近づかないようにしたいというのが僕の作品のテーマです。
 11月25日に公開された最新作「ほかげ」は戦後を描いています。僕は戦争はもちろん反対ですし、お客様には戦争はいやだと思って欲しいですが、そういう方向に拳を振り上げて導くようなことはしたくない。戦後も苦しむ姿をご覧になって、「だから武器なんか要らない」とおっしゃる方もいるでしょう。「戦争をしないためにも、武器をしっかりと持たなければならない」と考える方もいらっしゃるでしょう。そこは皆さんに考えて頂きたいのです。
 はっきりと言えるのは、戦争の一線を超えるのは、特別じゃない。普通の一歩で、人間は平気で暴力の世界に足を踏み入れます。
 僕は戦争を二度としないための一石を投じたい。どれほどの効果があるのかはわからないですが、あと一作は作りたいと思っています。


 (つかもと・しんや 映画監督/俳優)

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