書評
2023年12月号掲載
「異次元」に置き去りにされた人たち
加藤梨里『世帯年収1000万円―「勝ち組」家庭の残酷な真実―』
対象書籍名:『世帯年収1000万円―「勝ち組」家庭の残酷な真実―』
対象著者:加藤梨里
対象書籍ISBN:978-4-10-611020-7
来年6月にも実施される一人4万円の定額減税において、所得制限を設けるか否かが議論を呼んでいる。政府は所得制限なしとする方針だが、一定以上の所得者は減税対象外とすべきとの声も強い。
「高級マンションに住んで高級車を乗り回している人にまで支援をするのか」――。定額減税への所得制限を訴える政治家は、子育て世帯の児童手当への所得制限をめぐる議論でもこう発言した。児童手当は来年10月から所得制限撤廃を含め支給対象が拡大される見込みだが、16~18歳の子どもがいる世帯に適用される所得税の扶養控除見直しも同時進行で検討されている。実現すれば、年収850万円以上の世帯はむしろ負担増となる可能性も指摘されている。支給を増やす代わりに増税するという格好だ。
とりわけ年収1000万円以上の世帯は、ひと昔前には「勝ち組」の代名詞とされ、今もなおあらゆる公的支援から除外されている。児童手当のほかにも高校授業料の無償化や大学の貸与型奨学金、東京都の私立中学校授業料の補助など、世帯年収1000万円前後を足切りラインとする子育て支援策は枚挙にいとまがない。国は「異次元」を謳うが、これらの世帯は恩恵とは異次元の世界で子育てをしていると言っても過言ではない。
一方で現実の世界に目を向ければ、税と社会保険料の負担増で労働者の可処分所得はこの20年ほど減り続けている。不動産価格と教育費の高騰、物価上昇により生活コストや子育てコストも上がっている。加えて、現在子育て中の親はロスジェネ世代とも重なる。共働き世帯数が専業主婦世帯数を逆転したのは約30年も前のこと。上がらない賃金を嘆く暇もなく、何とか家族を支えようと2馬力で1000万円を稼ぐ生活は、タワマンの高層階から望む夜景のごとく煌びやかなものとは限らない。共働き世帯の増加は華やかな女性活躍推進だけによるものではなく、活躍の代償に疲弊した家庭の存在を無視することはできない。
子どものいる家族といえば、クレヨンしんちゃん、サザエさん、ちびまる子ちゃんなどはおなじみだろう。もし彼らが、年収1000万円世帯として実在したら、勝ち組になるのだろうか。本書では、現在の物価や税、社会保障制度、不動産相場、教育費相場を踏まえて、彼らの家計収支や貯蓄額を推計した。そこから浮かび上がったのは、世間の羨望の的となるようなリッチな生活ではなく、老後破綻と背中合わせのギリギリの家計だった。牧歌的な日本の家族像は、もはや古き良き時代のお伽話なのだろうか。
所得制限をはじめ風当たりの強い税や社会保障制度から家計を守り、豊かな子育てと老後を両立させるには。「勝ち組」家庭の残酷な真実から、光明を見出す方策を探った。
(かとう・りり ファイナンシャルプランナー)