書評
2024年1月号掲載
百年を超えて続く反社集団の基礎知識
山川光彦『令和の山口組』
対象書籍名:『令和の山口組』
対象著者:山川光彦
対象書籍ISBN:978-4-10-611022-1
1960~1970年代、東映のヤクザ映画は今でいう“鉄板”の人気コンテンツでした。業界の抗争や対立、変化や動向を伝える「実話系雑誌」も飛ぶように売れたそうです。しかし、バブル崩壊後の一九九一年に暴力団対策法がつくられ、暴力団排除条例が全国的に施行された2010年代になると、彼らの存在は徐々に一般社会から切り離されていくようになりました。
そして令和のいま、世間一般の暴力団あるいは山口組に対する関心度は、いかほどのものでしょうか。往時のエピソードを一つ紹介しましょう。
「その活動は巧妙、かつ、機動性に富み、監督官庁も一目おくまでにのしあがったのである」
立志伝中の企業家の成功譚、ではありません。山口組中興の祖とされる三代目組長・田岡一雄について、当時の兵庫県警察本部がまとめた内部文書からの引用です。山口組に一目おいた監督官庁とは、当時の運輸省や労働省をさしていますが、その理由は、山口組が1915年の設立時、荷役業を正業として誕生したことにあります。
当時ほぼすべてが人力による、港での荷揚げという厳しい労働環境に置かれた労務者には、彼らを統率する強力なリーダーが必要で、その親方のひとりが、山口組の創設者である山口春吉でした。
以来、山口組はミナト神戸の荷役と運搬、浪曲や相撲などの興行という二大実業分野を全国ネットにまで拡大、成長させます。
三代目の田岡は、配下の「企業舎弟」に労務者を管理させる一方で、船主側や行政に対して労働条件の改善策を突きつけ、非正規労働者である荷揚人夫の労災補償、寮の建設などの譲歩を勝ち取ります。まるで山口組が労働組合か、人権擁護のために働くNPOのような活動をしていたわけです。
これら実業部門で稼いだ資金を、惜しみなく抗争部門に「投資」することで、山口組は進出先の地元勢力の度肝を抜く、組員の大量動員方式を確立。その後の「全国制覇」に向けてひた走り、ついには日本最大の暴力団組織へと至ります。
他組織との幾多の抗争、ときに内部分裂を経て、現在もなお、山口組は設立から百年を超える老舗組織として存続しています。主に昭和年間に築かれた好戦的イメージ、組の代紋である「山菱」ブランドは組織を支える重要資産といえるでしょう。
一方で、2015年には「神戸山口組」の「六代目山口組」からの離脱劇があり、そして先述の通り、暴力団の存在自体を社会から排除しようとする圧力にさらされ、内憂外患に見舞われています。
企業もそうですが、地場に発して全国に組織網をめぐらせ、一世紀以上も続くような組織には、世の中に根を張り、棲息し続ける相応の理由があるはずです。本書が、個と組織、組織と社会、そして時代の変動を知る手がかりとなれば幸いです。
(やまかわ・みつひこ フリーランスライター)