書評
2024年2月号掲載
「劇的再建」の裏側にある狂気と成長のドラマ
山野千枝『劇的再建―「非合理」な決断が会社を救う―』
対象書籍名:『劇的再建―「非合理」な決断が会社を救う―』
対象著者:山野千枝
対象書籍ISBN:978-4-10-355421-9
「おしん」に代表されるNHK連続テレビ小説や山崎豊子の『花のれん』など、創業者を描いた名作は多い。多くの困難を乗り越えて、世の中に新たな価値を提供する経営者の話は確かにドラマチックである。ただ、波乱に満ちた苦労話がすべて感動や共感を呼ぶとは限らない。私は経営者のストーリーを掲載する雑誌をつくっていることもあり、その違いは何なのかといつも考えさせられる。
その答えを見つけたのが、『劇的再建 「非合理」な決断が会社を救う』だった。なぜそう思ったのかをひもといてみたい。
①不本意な現実の到来
この本には六人の若者が登場する。彼らは自分の意思と関係なく、なりゆきで経営が悪化した会社の経営を任されてしまう。ある者は社会人経験もない大学院生。またある者は女性にプロポーズをしたら、彼女の父親から「結婚と引き換えに会社を継いでくれ」と懇願され、赤字会社の後継者に。継いだ会社はそれぞれ繊維製造、布団、工具問屋、石鹸、運送、土建といった産業で、「未来が見えない」という厳しい経営環境に追い込まれていた。
②今の日本そのもの
彼らが「不本意な現実」に直面する姿は、実は現在の日本の姿と重なって見える。戦後、日本は経済成長を続ける成長譚の主役だった。冒頭で述べたような創業者たちのドラマは、明治維新後と敗戦後に多く誕生している。「欧米に追いつけ追い越せ」という目指すべき未来像を全員が共有していた時代である。
しかし、直近の三十年は停滞し、不本意な時代に直面している。社会全体が次のストーリーを生み出せずにいるのだ。
本書にこんな場面が登場する。工場と土地が人手にわたってプレハブ小屋だけになった繊維会社が、資金繰りに追われ、会社の通帳残高は2万4700円になった。年賀状を買う資金すらない年の瀬に、社員が若い社長に平然とこう尋ねる。「今月、ボーナスは?」。自分のことしか考えていないヤツはいつの時代にもいるじゃないか。そう思われるかもしれないが、成長譚の習性が抜けない今の時代を象徴しているように思えてならなかった。
一方、若い社長たちはどうか。従業員を路頭に迷わしてはいけないし、取引先を守り、連鎖倒産を防がなければならない。社員に「未来像」を描いてみせながらも、返済などのタイムリミットが迫るなか、奔走し続けるのだ。
③ヒントは必ず落ちている
経営者のストーリーには、私が勝手に「スター・ウォーズ型」と言っているものがある。危機を救うために旅に出て、試練の中でヨーダという賢人に出会う。本書の六人がヒントに出会うのは偶然ではない。やるべきことをやり尽くそうと行動量が増すうえ、行動量に比例するように感度も高まる。だから気づくべきヒントと出会う確率も高くなるのだ。
六人のうちの一人、繊維会社のミツフジは自社独自の繊維に高い導電性があることを顧客から知る。導電性が高いために、電極部分に使えば心拍数など人間の生体データを読み取れることに気づくのだ。さらに、西陣織の帯を製造していた時代につくりあげた独自の「織り」の技術が、生体データの取得に最適だった。このシャツが、熱中症の警告を発するIoTウェアラブル商品となる。米IBM本社がパートナーに指名するなど、倒産寸前からの大逆転となる。
こうした劇的な再建を導く手法を、著者の山野千枝さんは「ベンチャー型事業承継」という概念で提唱してきた。「先代から受け継いだ会社の有形無形の経営資源を軸足にして、ベンチャー企業のように新規事業や業態転換に挑戦することで新しい価値を社会に提供しよう」というものだ。長年、企業支援の現場を歩いてきた彼女が見つけた考え方で、「古い」とされてきた祖業のなかに、革新的なアイデアに発展するヒントが落ちている。
④成功よりも大切なものを見つける
六人の話は、過去と未来をつなぐストーリーといえる。従業員だけでなく、何十年先のまだ見ぬ他人のために汗をかく。その姿は創業者の成功譚をつくりにくい今の時代に必要とされるものだろう。
六人のなかで唯一、会社を破産させた若者がいる。業績は決して悪くなかったが、父親と親族らが会社のカネを私的に流用していたことが発覚。銀行からの支援がストップする中で、弱冠34歳の若者が奮闘する話だ。彼は全責任を一人でまっとうし、処理をやり切る。経済的な成功はない。しかし、壮絶な任務をやり切った時、彼は明らかに人間として脱皮し、大きな成長をしていることが著者との会話の中から見えてくるのだ。この破産劇から新しい時代のリーダーが誕生した瞬間と言っていいだろう。
著者はこう言っている。「自問自答の量とそれにかけた時間が、その後の経営判断のモノサシを創っていく」。これは劇的再建を通して視座を高めていく、究極の人間成長ドラマである。
(ふじよし・まさはる 「Forbes JAPAN」編集長)