書評
2024年4月号掲載
『「十二国記」アニメ設定画集』刊行によせて
対象書籍名:『「十二国記」アニメ設定画集』
対象著者:山田章博
対象書籍ISBN:978-4-10-335934-0
十二国記がアニメ化されてから、早いものでもう二十年以上が経ちました。なにぶん年寄りなので、アニメ化された経緯などについては、すっかり記憶が朧になってしまいました。ただ、脚本を會川昇さんにお願いできれば、ということと、キャラクターは山田章博さんの絵で、ということはお伝えしたと思います。
このとき私がイメージしていたのは、主要キャラクターのデザインが挿絵のまま変わらないこと――陽子が、挿絵で描かれたあの陽子であること――でした。アニメにするにあたり、山田さんの絵をそのまま使うわけにはいかないことは素人の私にも想像がつきました。キャラクターを動かすために線を整理しなくてはならないし、多忙を極める山田さんにアニメ用の絵を描き起こしてもらうわけにはいきません。誰かデザイナーさんが原型となるデザインを描き起こすことになるのでしょうが、そのときに、できるだけ山田さんの絵に寄り添ってもらえれば、と思っていました。すでに十二国記と山田さんの絵は私の中で不可分のものでしたから、別のデザインということはあり得なかったのです。たぶん、ファンにとってもそうだったと思います。
実際のところ、話が本格的になってみると、アニメ制作陣は最初から山田さんの絵を想定しておられたようです。キャラクター原案は山田さんで、ということになっていました。もっとも、素人の私には、「キャラクター原案」がどこまでの範疇を指すのか分かりませんでした。なので、原案となる絵が手許に届いたとき、山田さん御本人がここまで描かれたのか、と驚いた記憶があります。なんて申し訳ない、と身が竦みました。
事あるごとに繰り返して恐縮なのですが、私はそもそも「漫画家・山田章博」のファンです。なので漫画家としての山田さんの時間を削り取ることに抵抗があるのです。しかも、当時の時代的な背景として、漫画家さんが小説の挿絵を描いても業績としてカウントされない、という事実がありました。どんなに時間を掛け、手間を掛けても漫画家さんへのリターンは少ない。だからこそ、漫画家さんは本業の漫画に注力するべきで、挿絵は余技の範囲内でいい――リターンに相応の、気が向く限りの、楽しめる範囲内で、という思いがありました。なのに、こんな大変な作業をお願いするなんて、と冷や汗をかくと同時に、それを山田さんが引き受けてくださったことがものすごく嬉しかったのです。
しかも送られてきた絵は、恐ろしく手がかかっていました。さらに、細かな設定までが添えられていた。美しい文字で書かれた山田さんの設定を読むと、ここまで考えて描いてくださっていたんだ、と感激するしかありませんでした。十二国記に挿絵を付けることが、仕事で挿絵を描く、という作業ではないんだ、一緒に作品を創ってくださっているんだ、という気がしてひたすら有難かった。同時に、「イラストレーター・山田章博」の妥協のない仕事ぶりを垣間見た気がして背筋が伸びる思いでした。
ただ、とても勿体なかった。これをファンの人たちが見られないなんて。十二国記のファンはもちろん、山田さんのファンもぜったい喜ぶだろうになあ、と残念でならなかったのです。なので、これほどの時間が経ったとはいえ、こうして多くの人に見てもらえることが嬉しいです。ぜひとも堪能していただきたいと思います。
――アニメ化が決まったときには「そんなことってあるんだ」と驚くばかりで、企画が始まってからもリアリティがなく、本格的に動き出してからは週に一本というテレビのリズムについていくのが精一杯で、アタフタしているうちに通り過ぎてしまいました。終始リアリティを欠いたままで、今から振り返っても、夢だったのかな、という印象です。ただ、とても幸せな夢でした。山田さんを筆頭に、會川さんや制作陣の方々、声優の方々など、携わってくださった方々の熱意が形作ってくれた良い夢だったと思います。この場を借りて心から御礼申しあげます。
(山田章博『「十二国記」アニメ設定画集』より転載)
(おの・ふゆみ 作家)