書評

2024年4月号掲載

特別エッセイ

このドラマの主人公はわたし……なのか?

南綾子

『婚活1000本ノック』が連続ドラマに! 著者は驚愕し、そして戸惑う。なぜなら、この物語の主人公はわたし=売れない作家・南綾子だから――。

対象書籍名:『婚活1000本ノック』
対象著者:南綾子
対象書籍ISBN:978-4-10-102582-7

 作者本人が主人公として登場する原作モノのドラマや映画は、実はそんなにめずらしくない。麒麟田村裕さんの『ホームレス中学生』、リリー・フランキーさんの『東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~』など。しかし、それらと拙著『婚活1000本ノック』は同じかといえば、実は全然違う。上記の二作品に限らず、作者主人公モノの多くが、自伝という形式をとっている。つまり、基本的には事実をベースにしている。ここではっきり宣言するが、『婚活1000本ノック』は嘘ばっかりだ。霊視体験なんて一度もしたことがない。あるはずがない。
 つまりわたしは拙著をおもしろおかしくするために、自分自身をおもちゃにしてもてあそんだのだ。すぐに男性と関係を持ったり、他人にひどいあだ名をつけたり(本当にそれは全部嘘だ)。当時、わたしは小説家として全く売れてなかったので(すみません今もです)、人がやっていないことをやらねばという一心で、自分自身を利用したというわけなのである。
 それが今年一月から、フジテレビで連続ドラマとして放送されることになった。
 これは非常に複雑で難しい話だ。わたしがわたしを脚色するのはいい。しかし、他人がわたしを脚色して、あることないことを映像にするのはいかがなものなのか。原作に輪をかけてむちゃくちゃな人物として描かれてしまうことだってありうる。
 そんなわたしの困惑、戸惑い、葛藤に対し、今回のドラマでは最大限配慮してくださったように感じている。原作の分量上、ストーリーの改変は必至、オリジナルキャラクターも何人も登場させる。しかし、南綾子というキャラクターはできる限り忠実に再現する。“忠実に”は小説内の南綾子と生身のわたし自身、どちらともに、だ。撮影に入る前に二人のプロデューサーさんと三人のディレクターさんがわざわざ会いにきてくださったのだが、わたしの人となりをできるだけ知っておこう、という気持ちが感じられてとてもうれしかった。わたしは事前に渡された脚本にあまり訂正や注文は入れないつもりでいたのだが、自分は絶対にそんなことはしない、という部分は意見をだし、それは滞りなく修正していただいた。例えば、わたしが家でネット動画を見ている場面。当初の脚本では西村博之氏の切り抜き動画を見ていることになっていた。「ひろゆきの切り抜きなんて断じて見ません。最近はバキ童チャンネルしか見ていません」と担当編集者を通して伝えたところ、実際の放送では何の動画であるかわからないような演出に変更されていた。
 しかし、ここで一つのジレンマが生じる。南綾子に忠実であれば万事OKなのかというと、それはそれで違う。
 なぜなら、原作においての南綾子は性格がまあまあ悪いのだ。共感を呼ぶようなキャラクターでは全くない。そのまま描いたって視聴者に嫌われるのは必至。しかし、共感を呼ぶような人物に改変してしまったら、それはそれで全く南綾子ではない(そうです、わたしはまあまあ性格が悪いんです)。
 そんなジレンマをうまく解消してくれたのが、主演の福田麻貴さんの巧みなコメディ演技だろう。間の取り方やセリフまわし、その一つ一つが効果を発揮して、主人公を嫌いになる前に笑わされてしまう。それは福田さんが長年、お笑い芸人という職業に真摯に取り組み続けてきた努力のたまものだと思う。
 相方の幽霊山田は原作だとわたし以上に嫌なヤツだ。これはかなり改変され、かわいらしく憎めない幽霊になった。SNSを見る限り、おおむね好評でうれしい限りだ。
 二月中旬には都内某所での撮影を見学させていただいた。福田さんがスタッフの方から「綾子さん」と呼びかけられるたび、自分が透明人間になったようでもありつつ、ドラマにかかわる方々に綾子が大切にされているようにも思えて、じーんとしてしまった。
 そしてそして、実はドラマ化が決まってからというもの、わたしはことあるごとに「文庫の帯をバキ童に書いてほしい」「お見合い相手の一人としてバキ童に出てほしい」と担当の編集さんに言い続けてきた(ひろゆきの切り抜き動画のくだりでも名前を出したのは先述の通り)のだが、その熱い思いがついにドラマ制作陣に伝わり、わたしが今一番夢中になっているバキ童(バキバキ童貞)こと春とヒコーキのぐんぴぃさんと相方の土岡さんが、ドラマに出演してくださることになった!
 見学時にお二人がわたしに向かって丁寧にあいさつをしてくださった姿が、今でも目にやきついている。全てがまさに夢のようなひとときで、こんなに何もかもよくしてもらったわたしは本当に幸せ者だと感無量だった。
 単行本刊行から九年のときを経て奇跡のドラマ化が実現し、放送後には毎度たくさんの人が本のタイトルや作中に出てくるキャラクター名をSNSでつぶやいてくれる。山田、小池、ヤギオ……単行本刊行時、誰の心にも残ることなく宇宙の藻屑となっていった男たちに再び命が吹き込まれ、愛されたり悪口を言われたりしているのだ。こんなにうれしいことはない。
 この文章を書いているのは第七話の放送前。あと一カ月もすれば“南綾子”がわたしのもとに帰ってきてくれる。それは少しさみしいけれど、実は待ち遠しくもある。やっぱり自分自身をエンタメのためにもてあそばれるのは少し怖い。って書いているこの文章もぜんぶ嘘かもしれないけどね。

(みなみ・あやこ 作家)

最新の書評

ページの先頭へ