対談・鼎談

2024年5月号掲載

『プレゼントでできている』刊行記念対談

プレゼントへの恩返し

矢部太郎 × 入江慎也

矢部太郎さんの新作漫画『プレゼントでできている』には、相方の入江慎也さんとの思い出が描かれている。出会い、お笑いコンビ「カラテカ」結成、下積み時代、あの「騒動」。5年ぶりの“対話”に花が咲いた。

対象書籍名:『プレゼントでできている』
対象著者:矢部太郎
対象書籍ISBN:978-4-10-351215-8

矢部 2月にご飯食べて以来だね。入江君が吉本(興業)を辞めてからも時々会ってご飯食べて話してて。95パーセント入江君が喋っているけど(笑)。

入江 そうだね。

矢部 否定しないね(笑)。

入江 この先どうしていこうとか、いまやってる仕事、清掃業での悩みや不安とか、矢部の漫画とは真逆の話をしている。全然ほっこりしない……。

矢部 もともと月1回のカラテカライブのあとにご飯を食べに行くことはあったし、今もプライベートでは会っているけど、こうやって改めてお仕事として話すのは本当に久しぶりだよね。

入江 ツーショット撮影で見つめ合ったらさすがに照れたな。メシに行くときも共通の友人が一緒で、二人きりで会うことはないし。

矢部 3月末に出した『プレゼントでできている』は、僕がこれまでもらった様々な“プレゼント”について描いたエッセイ漫画なんだけど、そこには入江君との思い出も描かせてもらっていて。

入江 20代半ばくらいに行ったアフリカロケのことね。

矢部 そう。あそこは特に入江君に読んで欲しくて描いたんだ。あのときの体験は今でも僕の中で結構大きいことで、だから今回、ぜひ入江君と対談したいって希望させてもらいました。

入江 ちょっと……緊張してきた……。

矢部 なんでよ(笑)。今回の漫画を描いていくなかで、プレゼントって形のあるモノもあれば、そうでないモノもある。モノを通じて気持ちをあげているようなところもあるなって気が付いて。それで思い出したのが、当時アフリカの部族の方がされた「祈り」だったの。入江君の体調が急に悪くなって寝込んじゃった夜、カメラが回っていないのにみなさんが総出でお祈りしてくれたんだよね。「誰かのために祈ること」もプレゼントの一つなのかもと思って、このロケのことを「祈り」という一話にした。でも漫画は僕が一方的に描いたものだから、入江君の感想を聞ければいいなと。

入江 コンビ結成から7年目くらいの時だよな。矢部が急にアフリカに連れて行かれたから、当時のマネージャーと実家までご両親に事情を説明しに行ったのを覚えている。でも、説明していたら矢部のお父さん、急に「じゃーん、できた!」って絵を見せてきて……。「入江君、いまいい顔してたよ~」って、似顔絵を描いてくれたの(笑)。

矢部 ……お父さんらしいね。僕としては当時、コンビなのに僕だけが行くことになったのがどうにも申し訳なくて……。だから途中で入江君が合流して、嬉しかったんだ。

入江 矢部一人がテレビに出て注目されていることに、正直、嫉妬や羨ましさがあったんだけど、高校で出会ってから8か月も会わないなんて初めてだったから、合流した時は単純に「懐かしい」って思った。それに、めっちゃ馴染んでるじゃん! って(笑)。

矢部 入江君も後から来たのに相当早く適応していたよ(笑)。現地の言葉でネタをやり、現地の方を笑わせようって企画だったんだよね。漫画に描いた通り、一つのテントで2か月くらい一緒に寝て、昼間は狩りに行き、鹿やウサギを食べ、水を汲み薪を拾い……。

入江 やることがたくさんあったせいか、慣れない環境で大変だったけど、喧嘩はしなかったんだよな。

矢部 入江君のズボンのポケットに居酒屋の割引券が入っていて、それを見ながら、食べたいメニューを書き出したりもしたよね。そうやって二人で言葉を覚えて、最後にやったネタが……。

入江 金髪だった自分をライオンに見立てて、狩りに行くっていうネタ。

矢部 カイヨー。

入江 おはよう。

矢部 ミーガレンシーンー。

入江 お腹が減った。

矢部 ヨー! ンハイクワケ。

入江 痛い、痛い。ライオンはあっち!

矢部 アチェレアコッコイ!

入江 なに言ってんだよ!

矢部 みたいな(笑)。

入江 漫画の絵がどれもすごく似ていて、頭が痛くなるおばあちゃんとかそっくりだった。思い出すなぁ。

矢部 言葉を勉強するノートに、ほぼ全員の方の似顔絵を描いていたからね。

入江 それ、お前のお父さんと同じじゃないか!

矢部 あはははは!

入江に誘われて始めた「お笑い」

矢部 「祈り」の話を描いたとき、当時のこと――文化が違う方を拙い言葉でどう笑わせるかをずっと考えるなかで、高校時代の感覚に戻ったことも思い出したの。

入江 高校? なんで?

矢部 僕は入江君に誘われてお笑いを始めたんだけど、最初に人前でネタをしたのは、高校の文化祭だった。さまぁ~ずさんのネタをカバーさせて頂いて披露したら、ものすごくウケて……。アフリカでは、なんとか笑わせたい一心で、一生懸命勉強して練習したら、現地の方が笑ってくれた……。お笑いってこんなに面白いんだって思った、初期衝動に近い感覚になったんだ。

入江 確かに、あのアフリカでの2か月は夢を追ってる時間っていう感じもあったかもしれない。高校1年の時、クラスは違ったんだけど、共通の友達が「面白いやついるよ」って紹介してくれたんだよな。でも俺は、矢部を初めて見た瞬間「こいつ、ちっちゃいな!」って。

矢部 いやいや、こっちも思ったから!(笑)。でも、入江君の明るさと社交性のおかげで僕も友達がたくさんできて、高校時代は本当に楽しかった。

入江 「中学の時、太郎は暗かった」って矢部のお父さんも言っていた。高校卒業後に大学に進学することが決まっていたのに、勝手に、自分がお笑いのオーディションにコンビで応募して、しかも合格して……。

矢部 入江君は昔から行動力がありすぎるんだよ。ありすぎるところが玉に瑕なんだけど……。でも、僕だってそもそも入江君に誘われていなかったら芸人になっていないし、入江君が相方じゃなかったら、テレビに出られるようになるまでの数年間、頑張って継続できていたかもわからない。入江君の行動力のおかげで今の僕があるって言い切れるのは、まさに入江君からの「プレゼント」を僕がたくさん受け取ってきた証拠だと思う。「いつも楽屋で話してる大家さんのことを漫画で描いたら」って勧めてくれたのも入江君……ってことになっているしね(笑)。

入江 本当に、勧めたよ!

よかれと思って……

矢部 行動力の話に通じるけど、入江君は、誰かをお祝いすることが好きだよね。

入江 好きだな。

矢部 動物に餌をあげるのも好き。

入江 ずっとあげちゃう。

矢部 人との繋がりもすごく大事にするよね。アフリカロケのコーディネーターさんとも、20年以上経った今でも仲良しだし……。僕、今回の『プレゼントでできている』では、プレゼントの危うさも描きたかったことの一つで。

入江 危うさ?

矢部 「プレゼントをあげる」って、自分の気持ちを伝えることでもあるんだけど、それが押し付けになってしまったり、はたまた暴力的なものになってしまったり……。あげる相手への影響についても考えないといけないなって、描きながら思い至りました。よかれと思ってあげた「プレゼント」が、のちのち、誰かに迷惑をかけることになったり……。

入江 わしや! わしやないかそれ!!

矢部 いやいやいやいや……。いろいろね、本当にいろいろな、ね……。

入江 まあそうだよな……。よかれと思って自分がやったことが、結果、たくさんの方に多大なご迷惑をかけてしまって……。本当に申し訳ないと今も反省の日々です。先輩や後輩が喜ぶ顔が見たいって、「プレゼント」に対して盲目になってしまっていたんだと思う。動物に餌をあげるにしても、「無闇に餌を与えないでください」って注意書きがあったりするもんな……。難しいな、プレゼントって。

矢部 そうだね、適度な加減って何においても難しいよね。

入江 でもあの騒動の時、色々な方が色々な言葉をかけてくださった。すぐに離れていった人もいたけど、ずっと信じてくれる方もいて……。そういう、優しいのはもちろん、厳しい「言葉」というのも、プレゼントの一つだなって今話していて思った。そういう言葉は当然忘れていないし、いまだに助けられてもいるし。

矢部 「言葉」ってお金では買えないプレゼントだよね。それに、言った方は何気なく発しているから、覚えていないことも多い。

入江 それってすごいよな。

矢部 僕は最近、お金や数字で割り切りすぎる世の中の風潮に、殺伐さを感じてしまっているから、何かちょっと、そんな凝り固まっている思考を、数値化できない「プレゼント」というものがほぐしてくれるんじゃないかとも考えているんだ。

入江 これは、言おうかどうか迷うんだけど……。

矢部 なに?

入江 自分が吉本から契約を解消された時、矢部がSNSに相方としての謝罪の言葉を投稿して……。

矢部 ああ、入江君がご迷惑をおかけして申し訳ありません、っていうのね。

入江 その時、「相方であり友である入江慎也が」って書いたんだよな。それに、「今後もカラテカの矢部太郎です」って……。あれは自分にとって、本当に、特別な「プレゼント」だった。

矢部 ……。

入江 確実にあの言葉に救われたし、自暴自棄になりそうな時、踏みとどまらせてくれるものだなって思っている。

矢部 そんなこと……書いたっけ?

入江 覚えてないフリするの、めちゃくちゃ下手だな!(笑)。

矢部 (笑)。コンビは別に、今も解散してないしね。

入江 さっきの撮影では、コンビでの立ち位置をお互いに忘れていたけどな(笑)。そういえば、最近、ご飯を食べに行くとお前が、饅頭とかレモンティーとか手土産を持ってくるだろう。今までそんなことなかったのに、なんでだ? 「僕、プレゼント芸人です」って、この本が出る伏線だったのか?

矢部 ちょっと! 営業妨害だよ!(笑)。あと、レモンティーじゃなくてハーブティーね。

入江 どっちでもいいわ!(笑)。今の清掃の仕事のことになるけど、お客様に少しでも楽しんでもらえるように「作業終了時のトークは0円」って謳わせてもらっていて。自分なりにできることで、ご迷惑をおかけしたことや、これまでに頂いた「プレゼント」への恩返しをしていきたいなと思っている。

矢部 そうだね。良いことも悪いことも含めて、どんな「プレゼント」で自分自身ができているかを、僕は描きながら確かめていく感覚があったから、入江君にもそう感じてもらえて嬉しい。

入江 この漫画を読んで、最近疎遠だった人に連絡する人も多いんじゃないかな。

矢部 読んだ方それぞれにとっての「プレゼント」を思い出してくれたら良いなぁ。そして、自分が自分であることを受け入れて、大切にしてくれたら、なお嬉しい。

入江 今日はメシ食べる時は一切しない話ができたな。

矢部 これからはこういう話もしようよ!

入江 イヤだよ(笑)。

(やべ・たろう)
(いりえ・しんや)

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