書評

2024年5月号掲載

ヒーローは終わらない

加山雄三『俺は100歳まで生きると決めた』(新潮新書)

高見澤俊彦

対象書籍名:『俺は100歳まで生きると決めた』
対象著者:加山雄三
対象書籍ISBN:978-4-10-611038-2

 なんて大胆なタイトルなんだろうと読み始めたら、自分の知らない凄い加山さんに出会ってしまった。何が凄いのか? 平成19年70歳を迎えた時、加山さんは攻めに出ると宣言した。若いうちは活力というエネルギーに溢れているので無理が利いて自然と前に進めるが、歳を取ると攻めるという意識を強く持たないと前に進めなくなる。そこで、あえて自らを鼓舞し、70代を攻めの姿勢で生きると宣言したというのだ。そして有言実行をスローガンにした結果、なんと70代が一番多忙になったというから凄い。それは高齢者として社会における能動的な生き方や、積極的な在り方を示したことになる。もちろん誰しもが出来ることではないが、すべての事柄を年齢のせいにしてはいけないという教訓にはなり得たと思う。
 その背中を見ていつも感じていたのは、音楽は年齢でやるものではないということだ。コンサートのリハーサルでは本気で2時間余りも唄い、唄えば唄うほど声が出てくるから凄い。まさに年齢を超越した感があるが、リハであっても手を抜かず、全力で音楽に向き合う姿勢は尊敬に値する。
 さらに音楽だけではなく、絵画、船の建造から、物理学など技術と知識の範囲が半端ない。その幅広い好奇心は生い立ちも含め、育った環境によるものだと本書を読んで合点がいった。
 パブリックイメージの加山さんは湘南ボーイというスマートな印象だが、それに反して慶應高校時代は3年間五分刈りで通すほどの硬派だったとか。加えて、幼い頃は体が弱かったというのも驚きだ。健康イコール加山雄三という方程式は幼少期にはまだ成立していなかったのだ。そのため家族共々茅ヶ崎に引っ越し、湘南の海との出会いにより後の若大将を形作る環境が整う。もし幼い頃、加山さんが健康で、頑強な体の持ち主だったら……湘南の海に出会っていなかったら……映画「海の若大将」や、名曲「海 その愛」は世に出なかったかもしれない。物事の偶然と必然を加山さんの半生で感じることが出来たのはひじょうに興味深かった。
 反面、山あり谷ありの人生の落差も凄まじい。ホテルの倒産、莫大な負債、スキー場では圧雪車に轢かれ命の危険にさらされたこともあった。もっともそれは大事故にもかかわらず、自前の治癒力で手術もせず治してしまったというから、まさに超人ヒーロー級の肉体だ。ヒーローと言えば小五の時、映画「怪獣大戦争」と併映の「エレキの若大将」を観てエレキギターに目覚めた瞬間から、自分の中で加山さんはずっとゴジラと並ぶヒーローだったことをフト思い出した。
 そんな加山さんと、ヤンチャーズにロックチッパーズなど、あらゆる場面で共演させて頂いた経験はミュージシャンとして大きな財産になった。その半生を辿るだけでも、ちょうど今年古希を迎えた自分にとって、新たな70代を自分なりに生き抜くための指針となる一冊になった。もちろん加山さんと同じようには生きることは出来ないが、その生き方を感じて自分なりに頑張ることは出来るはずだ。
 そう言えば以前、加山さんのトリビュートアルバムで「夜空の星」をALFEE風にアレンジしたことがあった。張り切り過ぎたのか、爽やかな湘南サウンドを大仰なハードロックに変貌させてしまったのだ。冷静になって聴くと、元のイメージとあまりにもかけ離れていることに若干焦った。そこで恐る恐る御本人にお聴かせしたところ、瞬時に最高だと笑顔で受け入れてくれたのだ。それこそ、音楽への愛情と柔軟な理解力が醸し出す包容力のなせる業だろう。そういった人間力の源が本書にはちりばめられている。
 100歳まで生きると宣言した加山さん、あるとき「なんでこんなに長生きしてるんだろう?」とつぶやくと奥様は「反省するためでしょ」と即座に切り返してきたという。加山さんは思わず噴き出したというが、このやりとりだけで、僭越ながら素敵な夫婦関係が見える気がした。御本人もカミさんは神様だとおっしゃっているぐらい絆は強固であり、数々の困難をお二人で乗り越えてきたからこその今なのだと思う。夫婦円満の秘訣は朝ご飯というのも加山さんらしい。一日の最初の食事を一緒にとることで思いやれるようになり、夫婦仲はより円満になるというのだ。何か夫婦の問題で思い当たる方は、実践してみるのもよろしいかと……。
 ステージ歌手というキャリアを終えた加山さんだが、これですべてが終わったわけではない。音楽で言えば、まだ新曲が16曲もあるというのだ。さらに先日、加山さんのマネージャー氏から、1960年代のオープンリールが大量に出てきたので、それをデータ化しているという情報も得た。そう考えると、加山さんのミュージックライフは、まだまだ終わっていないのだ。100歳という年齢が現実味を帯びてきた。ステージで歌声を聴けないのは淋しい限りだが、未来の加山雄三像に思いを馳せると、思わずつぶやいてしまった……幸せだなぁ……。

(たかみざわ・としひこ ミュージシャン/小説家)

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