書評

2024年5月号掲載

「新聞協会賞」を受賞した調査報道の内幕

読売新聞社会部取材班『ルポ 海外「臓器売買」の闇』(新潮新書)

佐藤直信

対象書籍名:『ルポ 海外「臓器売買」の闇』(新潮新書)
対象著者:読売新聞社会部取材班
対象書籍ISBN:978-4-10-611039-9

「果報は寝て待て」という。
 職場のデスクを離れ、会社内の休憩スペースで居眠りをしていたとき、ポケットの中でスマホがぶるぶる震えた。上司の社会部長からだ。
「どこにいるんだ? 協会賞、決まったよ。おめでとう」
 10人を超える記者たちと取り組んできた海外での「臓器売買」をめぐる調査報道で、新聞協会賞の受賞が内定したとの一報だった。この日に審査があることはわかっており、落ち着かないので、ことわざに倣って寝て待っていたのだ。
 決して賞のためにペンを握っているわけではないが、新聞協会賞をひとつの目標とする記者は少なくない。数多ある記事の中から年に一度、優れた報道に贈られる。栄誉なことである。
 本書は、そのような新聞協会賞を2023年度に受賞した報道の内幕を描いたものだ。
 途上国などの海外で、貧しい人が二つある腎臓のうち片方を売り、お金を持った日本人の患者が生体腎移植手術を受ける。そうしたケースが存在することは以前から知られており、テーマ自体にそれほどの目新しさはないかもしれない。
 しかし、取材班は腎臓ひとつ1万5000ドル(約170万円=当時)だったことや、ドナーのウクライナ人女性が自らの腎臓と引き換えに受け取った金を娘の学費に充てたこと、この女性を日本人患者の親族と装うために偽造パスポートが用意されたことなど、重要な事実を次々と突き止めた。海外での臓器売買の実態を、ここまで詳細に明らかにした報道はなかったと評価された。
 足かけ2年以上にわたる取材を担当したのは、30歳代を中心とする事件記者たちだ。
 ある記者は住宅街の路上で自動販売機の陰に潜み、犬の散歩から帰ってきた関係者に声を掛ける。別の記者は海を渡り、国際的な臓器ブローカーの男を直撃した。「恐れることなく記事を書けるのか?」と記者を挑発してくる男との対決は、読み応えのある内容になっている。
 警察や行政など当局の情報に拠らず、埋もれた事実を取材で掘り起こし、記事を通じて社会を動かしていく。時間のかかる作業だが、記者たちはペンの力で世の中がより良くなると信じている。
 現場で何を考え、どう行動したか、記者たちの息づかいを感じてもらえると思う。昭和の人気ドラマ「事件記者」に胸を躍らせた世代から、これから報道の世界を目指す若者まで、ぜひ本書を手に取ってほしい。
 本稿の筆者もかつては一線で事件を追いかけていたが、正直に言えば大した記者ではなかった。比べものにならないほど優秀な後輩たちのおかげで、価値のある調査報道に携わることができた。まさに果報者である。

(さとう・なおのぶ 読売新聞東京本社社会部次長)

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