書評

2024年6月号掲載

元巨人軍球団代表があぶり出す平成球史の表と裏

山室寛之『2004年のプロ野球―球界再編20年目の真実―』

中溝康隆

対象書籍名:『2004年のプロ野球―球界再編20年目の真実―』
対象著者:山室寛之
対象書籍ISBN:978-4-10-352732-9

 物語を語る上で10年は近すぎるし、30年では遠すぎる。ノスタルジーとリアルの狭間に存在する「20年」という時間は絶妙だ。懐かしくもあり、一方でまだ記憶の断片がはっきりと残っている。本書は、今から20年前にプロ野球界を襲った「球界再編騒動」の真実に迫ったノンフィクションである。
 いつの時代も、大衆は勧善懲悪の分かりやすいストーリーを好む。この球界再編でも、世間の認識は12球団制を維持しようと奔走する選手側が正義なら、球団を合併してチーム数削減を画策するオーナー側が悪者だった。そして、根来泰周コミッショナーはお飾りでしかなく、選手やファンを無視して「たかが選手が」と1リーグ制に突き進む巨人の渡邉恒雄オーナーは、いわば巨大な権力を手にした“悪の象徴”でもあった。見る側は、自然とテレビカメラの前で涙を流す、選手会会長の古田敦也に感情移入する。それが、当時多くの野球ファンが共有したストーリーではなかったか。
 だが、“ナベツネ”こと渡邉恒雄は本当に「悪者」だったのか。いや、一連の騒動において、本当に「悪者」は存在したのだろうか? 著者の山室寛之は、球界再編をスキャンダラスな視点で暴くのではなく、当時の混沌とした球界で起こった出来事を時系列に沿って丹念に追う。そして、その裏にいる人間の姿を、関係者への取材を重ね、あぶり出すように書いてみせるのだ。大手町の読売新聞東京本社の主筆室で、「手垢がつき、しおりを挟んだページにはぎっしり赤線を引いた野球協約を手に語る渡邉」の姿。そして、地下鉄の車内で“どうもうまくいかん”と言いながら、内ポケットから出した手帳を見せるわけでもなく見入り、5球団でリーグ戦をやるとどうなるか、交流戦を混ぜると日程がうまく組めるか、ぶつぶつ言いながら球団名と球場を細かな何本もの点線や実線で結んだ図面を眺める根来の苦悩。冷めた権力者の姿とは程遠い彼らの描写だけでも、誰が正義か、誰が悪かなんて、物事がそんなに単純ではないことに読者は気づかされる。
 本書を通して目につくのは、球団側の焦りである。近鉄とオリックスの合併。ダイエーとロッテ、さらには西武とロッテの合併案まで、もう既存のシステムは限界だといわんばかりに1リーグ制に向けて突き進む。見方によっては、パ・リーグ球団が巨人に頼る新システムに救いを求めたともいえるだろう。だが、皮肉にも、その巨人軍ですら時代の変わり目にあった。
 山室は巨人軍球団代表として2000年の「ON決戦(ダイエーホークスと巨人による日本シリーズ)」を体験しているが、巨人はその後、激動の21世紀を迎えることになる。2001年にはミスタープロ野球・長嶋茂雄監督が退任。2002年には「裏切り者と言われるかも知れないが」と松井秀喜が巨人の四番打者の座を捨て、ニューヨーク・ヤンキースへ去り、2003年の巨人戦テレビ視聴率は史上最低の平均14・3%と落ち込んだ。野球少年たちはYGマークよりも、海の向こうのメジャーリーグに憧れた。サッカーの日韓ワールドカップは凄まじい盛り上がりを見せ、皆がテレビの前に集まって楽しむ“国民的行事”が、巨人戦からサッカーの日本代表戦になったのもこの頃だ。いわば、2004年の球界再編は「ジャイアンツ・アズ・ナンバーワン」時代の終焉とともに起こったのである。
 2024年、巨人戦は地上波テレビからほぼ姿を消し、各局のスポーツニュースをつければ冒頭で流れるのはドジャースの大谷翔平の打席結果である。時間の経過とともにあらゆるものが変わった。我々は、あの頃の未来にいるのだ。当時、得体の知れない新世代の若者という立ち位置で、近鉄買収を目論んだ元ライブドア社長の堀江貴文もすでに50歳を過ぎた。堀江は自著の中でプロ野球界参入の喧噪を振り返り、ソフトバンクのダイエー買収の流れを「漁夫の利とまでは言わないけれど、抜け目のない孫氏のやり口にはさすがと言うしかない」(『我が闘争』幻冬舎)とだけ書いている。それはいかなるやり方だったのか。長年の疑問だったが、山室は本書で「孫正義疾風の動き」としてホークス買収に走る孫の辣腕ぶりを書くのである。あの渡邉ですら、「孫はいい男だ」と絶賛する様子は興味深い。まさに野球が表と裏の攻撃でドラマが成立するように、平成球史の表と裏が出揃ったカタルシスを感じた。
 あれから、20年――。令和の今もプロ野球は2リーグ12球団制が維持されている。当時を知らない若い野球ファンにとっても、本書は一連の球界再編の流れを一本の線で繋いだ貴重な記録となりうるだろう。それは同時に、渡邉や根来といった、理想と現実の狭間であがき続けた男たちの記録でもある。

(なかみぞ・やすたか ライター)

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