書評
2024年6月号掲載
川口市「クルド人問題」から見える左派メディアの「病」
三枝玄太郎『メディアはなぜ左傾化するのか―産経記者受難記―』(新潮新書)
対象書籍名:『メディアはなぜ左傾化するのか―産経記者受難記―』
対象著者:三枝玄太郎
対象書籍ISBN:978-4-10-611044-3
埼玉県警川口署は3月7日、不同意性交の疑いで、トルコ国籍の自称解体工の男(20)を逮捕した。東京都内に住む女子中学生に性的暴行をした容疑だ。これを伝えた地元紙には、事件の概要が掲載されている。しかし、男がクルド人であるとはどこにも書かれていない。
川口市では1990年代以降、トルコから移住してきたクルド人と地元住民との間に軋轢が生じている。僕がちょっと取材しただけでも、地元の声として、ゴミ問題、公園の使用方法、若い女性に声をかけるなどの迷惑行為、危険な運転などを深刻に受け止めているという話が聞こえてきた。
だが、産経新聞グループや読売新聞以外のメディアはこうした負の側面に目を向けず、彼らクルド人がいかにトルコ政府から抑圧され、虐げられているかという側面ばかり取り上げる。ちなみに前述の事件について、産経新聞では、男はトルコ生まれ日本育ちの在日クルド人で、事実上の「移民2世」だった、と報じている。
昨年6月、川口市議会は「一部外国人による犯罪の取り締まり強化」を国や県などに求める意見書を可決した。市議の大半がクルド人を念頭に置いて議論をしていた、とこれも産経新聞は伝えている。しかし他のメディアはほぼ無視だ。朝日新聞はご丁寧にも読者投稿欄「声」で、こうした議会の動きは「ヘイトにお墨付きを与えるようなものだ」という意見を紹介している。
むろん、一部右翼系団体のようにわざわざ埼玉まで出かけて行って「出ていけ」とデモをするのは賛成できない。だが、地元住民の声を伝えるような報道まで「ヘイト」と片付けていいのだろうか。事件や騒動の背景にあるかもしれない当事者の属性を伝えない。それでは事実に立脚した報道からかけ離れる一方ではないか。
平成の初頭、「北朝鮮が日本人を拉致したらしい」と言おうものなら、「偏向している」「ありえない」と言われるのが常だった。現在ならば、間違いなく「北朝鮮及び朝鮮人民に対するヘイトスピーチだ」とレッテルを貼られることだろう。
左派メディアは、イデオロギーの邪魔になるものは、極力、国民の目に触れさせない、という「ドグマ(教義)」を持っているように見える。
僕は産経新聞の記者として約30年間、現場で取材をしてきた。その記録をまとめたのが『メディアはなぜ左傾化するのか―産経記者受難記―』だ。
「右翼記者」「右翼新聞」などと他社の記者に言われて口論になったことは一度や二度ではない。しかし、僕はイデオロギーを優先して記事を書くべきではないと思っていた。ひたすら他社を出し抜いて、特ダネを書くことに注力してきたつもりだ(ただし、本書にも書いた通り、しくじりのほうが多かったかもしれない)。報道機関の果たすべき役割は、右だろうが左だろうが、事実の前に謙虚になることではないか、と思うのだ。
(さいぐさ・げんたろう フリーライター・元産経新聞記者)