対談・鼎談
2024年7月号掲載
『ブルーマリッジ』刊行記念対談
男子ブルーを語る
カツセマサヒコ × 浅野いにお
『デデデデ』(『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』の略称)映画化で2024年最も熱い漫画家・浅野いにお氏と、『ブルーマリッジ』で結婚と離婚を書いたカツセマサヒコ氏。男性性や自らの結婚、「おっさん」への思いまで語り尽くす!
対象書籍名:『ブルーマリッジ』
対象著者:カツセマサヒコ
対象書籍ISBN:978-4-10-355691-6
カツセ 映画「デデデデ」後章が始まったばかりで、スケジュール的にもこの対談は絶対無理だと思っていたのですが、どうして引き受けて下さったのですか?
浅野 確かに対談って普段は断ることが結構多いですね。得意じゃないのもあるし、小説家の方との場合、作品を読み込まなきゃいけないのでハードルが高いと感じちゃうんですよ。カツセさんは面識があるからっていうのもあったんですけど、最初このお話を頂いた時に小説の冒頭を読んでみたら、扱っているテーマにすごく関心があったんです。男性とはとか、結婚とはという、まさに今、自分が気になっていて、すごく考えることが多い内容だった。男性側から結婚を語るという機会がメディア上でかなり少ないと前から感じていたこともあり、その話ができるんだったらおもしろいかもしれないと思って、今回はお引き受けいたしました。
カツセ 本当に光栄です。以前もお仕事でお会いさせて頂きましたが、自分の作品について話すのは初めてなので変な汗かいています。
浅野 こういうテーマを選んだのって、何か理由はあるんですか?
カツセ ここ数年でフェミニズムやジェンダーに関連する本を読む機会が増えたんですけど、そうした知識をインストールすると、過去の自分の言動や文章があまりに差別的だったり加害性を帯びていたりすることに気付かされるんです。そうした黒歴史に悔やむ日々が続いていて、今後も創作を続けるなら、この「男性性の加害性」というテーマを避けてはいられないなと思っていました。あと、結婚に焦っているという若い人の声をいまだによく聞く一方で、離婚したいという既婚者の声も同じくらい耳に届くことが増えて、「結婚」というブラックボックスには何があるのか、それを解き明かす話を書きたいという欲求もこの作品につながっていきました。
浅野 ご自分の黒歴史みたいなものは、作中でも活かされているんですか。
カツセ 全部が全部そうではないのですが、パートナーや恋人を自分の所有物のように捉えているシーンなどは、自分の過去をいくらか反映させています。
浅野 この10年くらい、男女間の性差みたいなものに対する意識は大きく変わって来ましたから、あまり掘り返したくないことがある人も多いでしょうね。僕自身も思い当たる部分は少なからずある訳で、『ブルーマリッジ』はそういう意味で接点がある小説でした。「おもしろい」という言い方よりも、自分の中にある後ろめたさみたいなものを、ずっと刺激し続けられる感覚。ずっと、ぞわぞわする。冒頭では話の展開が予想できず、主人公・雨宮の彼女、翠さんの存在感が増すあたりから非常にぞわぞわして、こういう感じで攻めてくる内容なんだなと……(笑)。最後まで興味深く読ませて頂きました。
カツセ ずっと浅野作品で育ってきた人間として、今のお言葉は本当にうれしいです。ありがとうございます!
主人公への未練
浅野 雨宮はまだ20代で、もう一人の主人公の土方は50代。50代男性って娯楽作品では主人公になり得ないキャラクターですよね。サスペンスとかだったら別ですけど。リアルな生活を描いたものだと中年男性は全方位から嫌われがちなので、物語にならない。
カツセ 僕はどちらかといえば土方のほうが好きで、本当は彼をメインに書きたかったんです。二人を交互に描く構成は最初から同じでしたが、読んで頂いたものとは違い、元々は土方の離婚話から始まる展開になっていました。でも、編集者が首を縦に振らなくて(笑)。
浅野 それだと印象がかなり変わりますね。
カツセ 何度も書き直していくうちに雨宮を優先することになり、若い彼の物語を中心にしたら軸が定まっていったという感じですが、自分としては少し悔しかったです。
浅野 ほとんどのコンテンツって10代20代の若者が主人公ですもんね。でも自分は若者じゃないし、そういうの読んでもな……って思ってしまう。実年齢が土方に近づいているので、この作品は読みやすかったです。ところでカツセさんってご結婚されてますっけ?
カツセ はい、結婚してもう12~13年は経ちますね。
浅野 では、結婚生活がどういうものかも知った上で書かれたと。結婚だけじゃなく、仕事の話の印象も強いですよね。男の場合、どうしても仕事の方に目が行きがちだから、創作でも創作以外でも、男性が結婚を語るコンテンツが少ないのかもしれない。例えば、僕も数年前まで結婚してましたが、結婚についてインタビューで殆ど聞かれたことないんですよね。
カツセ そういうのも、この作品に興味を持って頂いた原因としてあるのでしょうか?
浅野 そうですね。今、社会において男性という存在自体が生きているだけで加害性がある、という言葉も出てきています。それも踏まえた上で、男性が結婚について語っている機会が非常に少ないという不均等さが、自分としては気になるんです。
カツセ たしかにそうですね。
結婚の正体
浅野 あとそもそも、「結婚ってなんなの?」みたいなことも最近考えるんですよね。作中でも両親への挨拶のシーンがあるじゃないですか。主人公の感情が最も現れるところだと思うんですけど、あの感じは想像できる。実は僕、両親への挨拶ってしたことないんですよ。色んな意見はあると思いますが、自分はどうしても必要性を感じられなかった。
カツセ 浅野さん世代の親御さんだと、ちゃんとやれってなりませんか?
浅野 たまたま相手方の親は挨拶が必須という感じではなかったのと、自分の親に対しては昔から距離感のある関係性だったので。親には結婚するって話すらしてない。何も言わないで2回結婚して、2回離婚しています(笑)。
カツセ あとからネットニュースで全部知るという(笑)。
浅野 そうそうそう(笑)。結婚に対しては元々積極的なタイプではなかったので、疑って考えることが多かったですね。なんでそんな「大層なこと」扱いするのかとか、なんで結婚をこんなにもハッピーなものに世の中は作り上げてしまったんだろうとか。
カツセ 以前、エッセイ(『漫画家入門』)で、結婚する理由は「財産を分けたいから」というお話を書かれていましたよね。
浅野 そうです。別に親に対して恨みはないのですが、親にだけ財産が行かないように、配偶者がいた方が良いなと。雨宮も作中でそれに近いことを言っている部分があって、とても共感できるポイントでした。
カツセ そのエッセイを読んで、結婚に対する価値観がおもしろい! と思ったことも、『ブルーマリッジ』につながったのかもしれないです。
浅野 僕みたいな考え方も今はそこまで特殊じゃないというか、結婚に対してある意味で柔軟になっているし、むしろ良いイメージが無くなってきて、ネガティブにとらえている人が増えてきている印象があります。
カツセ 逆に、離婚に対してポジティブなとらえ方をする人も増えていて、それが健全だよなとも思います。人ってそんな簡単には変われないので、相性が悪ければ苦痛も多いでしょうし。でも、現実はそうなんだけど、少しずつなら変化していける、という希望も捨てたくないんです。おっさんというだけで煙たがられる時代で、土方のような中年はどう変化して生きれば良いのか。浅野さんはおじさんを描かれる時、どういう気分でいますか? 『零落』の深澤とか、『MUJINA INTO THE DEEP』のテルミは個人的にすごい好きな中年キャラクターなのですが。
おじさんが一番おもしろい
浅野 僕も好きです。今一番おもしろいんですよ、おじさんが。なんでかな?(笑) 自分の40代が思った以上にエキサイティングで、こんなに無頼な感じで人は生きていけるんだと知ったんです。40歳過ぎて、納得と、覚悟ができてくる。ろくでもない人生だということを受け容れるようになるし、惨めに野垂れ死んでもまぁ仕方ないかなって思える。それが似合う人になろうみたいな感じになってくる。
カツセ ある種の諦念でしょうか。
浅野 ですね、自分そのものが美しくないっていうことを自覚する感じ(笑)。笑えてくるというか、間抜けな感じが楽みたいな。格好つける必要もないし。そうなって来ると楽なんだけど、30代はきつかった。自分の存在意義とか価値は何だろうとか、他人から自分が求められているかとか、あやふやな自分がいて。
カツセ 作品のキャラクターにも、それは投影されていますか?
浅野 そう思いますね。「同情されなくてもいいし」っていうキャラクターを描けるようになった。決して好かれなくてもいいという感覚が、一つの縛りから解放されている感じがする。創作物のキャラクターって、基本的には好かれるように描かなければいけないんですけど。
カツセ それはよく聞きます。
浅野 好感度って自分でどうとでも左右できると思うんですよね。好かれる人物の描き方にはパターンがあるので。ただ、それが本当に嫌で(笑)。何でそんなに好かれなきゃいけないの? 何でそんなにいい人ぶらなきゃいけないの? って。おじさんキャラはそこから解放されているというか、最初からそんなの期待されていない。好かれはしないかもしれないし、うざったいかもしれないけど、人間として良いキャラクターを作れる余地があるのが、おじさんなんです。
カツセ テルミのうざさは良いですよね(笑)。
浅野 昔だったらこういう説教臭いキャラクターってダメかなと思ってたんですけど、おじさんってそういうもんだからしょうがないじゃないかって(笑)。
カツセ そういえば『MUJINA……』の主人公のウブメはアラサーですよね。今までの主人公よりも年齢が上で、10代の保護者ポジション。全員はぐれ者なんだけど疑似家族みたいになっていて、それが新鮮でおもしろいです。
浅野 まさに疑似家族ものを描きたかったんです。僕自身が一般的な夫婦生活とか家族というものを築けなかった側の人間だから、もうそれしか描くことがない、っていう……(笑)。本当はこの作品の前に描こうと思った別の漫画があったんですが、全ボツにしたんです。おっさんが主人公の疑似家族もので、その骨格が『MUJINA……』には残っているんですよ。なので、カツセさんのように10年以上結婚生活をされているというのは、僕にはわからないことなんです。
カツセ 夫婦観は、当事者としても変化していってます。今は、家事・育児をどっちがやるかというのを、その時の状況で臨機応変に動いていて。過酷な時代で生き残るために背中を預けているパートナーという感覚です。20代の頃に見てたゼクシィ的な華やかさはイベント単位でしか起きなくて、日常は地味だし、お金も絡んでドライだし、毎日がおもしろい訳ではない。こうなると恋愛延長線上じゃなくても成立するなという、自分の中での冷めた見方もある。だから、離婚率が増えたというのもわかるんです。
浅野 恋愛をして、そのゴールとして結婚があるという形が破綻してきているのかなと。経済的な部分で結婚をポジティブにとらえられないし、傷つけるのも傷つけられるのも嫌だから、人にコミットしないという選択になるのも非常に合理的。
カツセ そういう人が増えていますよね。
過去の自分と向き合う
浅野 『ブルーマリッジ』では、人を傷つけることに対して自覚があるのか、無自覚かということも物語上重要になってくる。自覚があって反省することができれば、本人が永遠に苦しみ続けるのは自由だけれど、周りの人間が必要以上に責め続けることは話が違うように思います。昔やってしまったこととか、言ってしまったことで未だに残り続けてることってあります?
カツセ ありますね。誰かがいじめられているのを傍観してただけだったこととか、昔の恋人に言った発言があまりにもひどかったとか。でも、求められてもいないのに今その時の被害者に会いに行って謝ったとて、自己満足でしかなく、それは自分の中の過去を払拭したいだけの傲慢な行動に思います。そうではなく、加害者は加害に加担してしまった事実を忘れないで反省し続ける気持ちを持つしかないなと思っているんです。こう思うのは自分だけなのかという疑問もあり、それを世の中の人に聞きたくて小説にしたのかもしれません。
浅野 僕は自覚のある加害ですが、10代の時に、友達に対して明らかに自分が悪いことをして、全力で土下座して謝ったことがあります。それで許されたという訳ではないけど、やれることはやったし、相手から今後何を言われてもそれは自業自得だと思いました。未だにそれは引っかかっている。でも、一度してしまったことはもう取り返しようがないんですよね。ただ、もう二度とそういうことするのはやめようと思った。
カツセ こういう話を物語に変換していく上で、リアリティがあるかどうか、出てくる人物が都合の良いキャラクターになっていないか、実際に似たような被害に遭った方への二次加害に繋がらないか、ということにはとても気を遣いました。
浅野 リアリティラインは全部僕には納得できるもので、不自然さというものは一切感じなかったですね。
カツセ わあ、よかったです。安心しました。
浅野 話の都合で出てくるキャラクターの使い方に気を遣うのはよくわかりますし、必要なことですよね。でも、僕はあまり気にしないようにしています。「いかにもおっさんが考えた女子高生だな」とか言われることはありますよ。自分は若者じゃないから、描いてて確信はないですよ、それは。『デデデデ』でいうと、おんたんっていうツインテールのキャラクターがいて、描いてる時は「支離滅裂で変だしリアリティがない」って言われていました。でも、あのちゃんっていう実物がいたことで、いたじゃん! ってなる。
カツセ あのちゃんが証明するという説得力!(笑) ちなみにですが、雨宮の婚約者の「翠さん」という名前は、『おやすみプンプン』の翠さんの影響で命名しました。主人公が憧れる理想的な女性というイメージで書いたのですけど、僕はプンプンの翠さんのファンだったので、ぴったりかなと。
浅野 そうだったんですね、同じ字だなとは思っていたんですけど、良い名前ですよね(笑)。キャラクターと合っていると思いました。二人の話も含めて、きれいごとにしていない感じが良かったです。20代と50代の話だから、30代、40代の人が読むと、どっちにも身に覚えのある状態で読める。僕は両方のキャラクターに気持ちを寄り添わせながら読むことができたので、すごく良い作品だと思いました。
カツセ 一度書き上げてから、一年間ずっと改稿してたんです。その間、編集者二人からひたすら殴られ続けるサンドバッグ状態でした(笑)。
浅野 それは大変だったと思いますが、それによって完成度が上がったのでは?
カツセ そうですね、おかげで今日浅野さんから良い感想をお聞きできたので、ようやく今、報われた気がしました。
(かつせ・まさひこ 小説家)
(あさの・いにお 漫画家。『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(小学館刊)がアニメ映画化され、前章・後章が本年映画化。他、代表作に『零落』『おやすみプンプン』『ソラニン』等。現在「ビッグコミックスペリオール」にて『MUJINA INTO THE DEEP』を連載中。)