書評

2024年7月号掲載

自分では間違いに気づかない

松尾太加志『間違い学―「ゼロリスク」と「レジリエンス」―』(新潮新書)

松尾太加志

対象書籍名:『間違い学―「ゼロリスク」と「レジリエンス」―』
対象著者:松尾太加志
対象書籍ISBN:978-4-10-611048-1

「支払い方法をお選びください」
 最近、セルフレジを使うことが多くなった。ちょっと操作に間があくと、このようにせまってくる。セルフレジは丁寧に(しつこく?)指示してくれる。「電子マネー」? 「バーコード決済」? どっちを選ぶ?……あ、間違った。
 IT化やDXが進み、世の中いろいろ便利になっている。でも、それを使いこなせないと便利さは享受できない。使えないお前が悪いと言われそうだが、そうではない。
 これは障害者の問題とも共通する。人間が作ってきた生活環境に段差があったり、視覚に頼ったしくみとなったりしてきたため、障害が顕在化しているだけであって、人に障害があるというより、人間が作りあげたシステムのほうに障害があるのだ。
 それと同様に、人がわからなかったり、間違ったりするのは、人の問題ではない。システムがわかりにくいからである。
 日常生活での失敗の多くは、大きな問題にはならない。あとになれば笑い話で済むし、こんな原稿のネタにもなる。でも、仕事の場面ではそうはいかない。人が亡くなってしまうこともある。医療事故、鉄道事故……その要因の多くが人間のミス、ヒューマンエラーだ。そのヒューマンエラーをなくすにはどうすればいいだろうか?
 重大な事故が生じたとき、責任者がマスコミの前で頭を下げる。見慣れた光景である。私も責任者として頭を下げた経験がある。「再発防止に努めます」、「細心の注意を払って」が常套句である。注意すればなくなる? そんなことでなくなるのであれば誰も苦労しないのだ。
 注意していてもわからないものはわからない。本人は間違っていないと思って行為をしているのであって、そのときは間違っていることに気づいていない。人間の注意力の改善ではなく、システム側を改善しないとダメである。
 自分で気づけないから気づかせるしくみを作る。それが本書のテーマである。間違いに気づかせるといえば単純ではあるが、それをどうすればよいか、様々な事例を紹介しながら学術的に検討した。だから、「間違い学」というタイトルにした。本書を読んでいただき、ヒューマンエラー防止に役立てていただければ幸いである。
 セルフレジはしつこい。次は「バーコードをガラス面にかざしてください」と。わかっている。今、スマホを準備しようとしていたところなのに。余計なお世話だといいたくなるが、大人になろう。間違うかもしれないから教えてくれているのだ。表示、音声案内、見ただけでわかるしくみなど、私たちは普段意識していないが、間違いに気づく手がかりに囲まれている。

(まつお・たかし 北九州市立大学特任教授)

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