書評

2024年8月号掲載

家業を継ぐリーダーの素質

畠中恵『なぞとき』

山本嘉兵衛

対象書籍名:『なぞとき』
対象著者:畠中恵
対象書籍ISBN:978-4-10-450731-3

 今、東京・日本橋に存在する老舗と言われる企業の人たちは、革新なくして、会社は継続できないと知っています。
 私は元禄三年創業の、日本橋に本店を構えるお茶と海苔の商店「山本山」を営む山本家の十代目です。今は、娘の奈未に代表取締役社長職を譲り、会長として経営をバックアップしています。
 家庭で会社の話をすることも、家業を継ぎなさいと言うこともなく、娘の自由にさせていたら、高校生の時、「『山本山』を継いで、世界の人にお茶を飲んでもらいたい。だからアメリカの大学に行かせて欲しい」と言い出したんです。何かしらのきっかけもあったと思いますが、そう言わせたのは山本家のDNAでしょう。野球選手の子が親と同じ道を志すのと同じで、DNAがそういう思考にさせたんだと思います。その後、「ヤマモトヤマUSA」という現地法人の社長になり、娘の子供が就学するタイミングで帰国した2023年秋、「山本山」の社長に就任しました。当初の予定より早い世代交代だったのですが、日本で勉強してから社長に就任するより、さらな状態で継がせた方が圧倒的に得だなと、帰国した翌日に内示を出しました。
 なぜかというと、周りに質問できるからです。知らないと言えることは、実は最大の強みなんです。私も含めて日本人は知識ではなく本能で物事を進める傾向が強く、つまり論理的に説明しないから、国際競争で不利になります。娘はアメリカ生活が長いので、本能だけではなく知識を元に行動していますが、それでも娘に「知らない」と言える状況を作れるのは、帰国直後しかないと判断しました。そうしたら、彼女は全社員と面談し始めたんです、そんなにたくさんの社員と話すの? と思うほど(笑)。「しゃばけ」シリーズの主人公・一太郎は日本橋の大店・長崎屋の跡取り息子ですが、最新作『なぞとき』所収の「あすへゆく」で、父・藤兵衛に店を辞める奉公人の先々の面倒をみるように命じられ、まず本人たちに聞き取りをします。藤兵衛も私と同じ気持ちだったのでしょうね。しかも一太郎は身体が弱いので、私のようにいきなり全部任せるわけにもいかない。それでも息子に学んで欲しいという心情は、よく分かります。
 もう一つ、私が社長を退任した理由があります。
 元々、山本山は贈答品ギフトの売上が全体の約50%で、お中元やお歳暮などのシーズンに限れば売上の大半を占めていました。メイン顧客層は男性でしたが、バブルが崩壊し、各種接待文化がなくなり、女性客中心にシフトせざるを得なくなりました。つまり従来の男性目線のデザインや商品構成から、女性がかわいいと感じ、食卓に置きたいと思うラインナップに移行させていく。コロナ禍を経て、年々その傾向は強まっていますし、今、弊社社員の60%は女性です。私は、お客様のお好みの商品を展開すべきと思っていますが、どちらかというと贈答品を受け取る機会が多いうえ、男性脳の持ち主で、新しいターゲットの求めるものを正しく理解できないかもしれない。ならば、トップは女性であるべきなんです。リブランディングは私の担当ですが、娘の企画ですし、成果も出している。まさに会社を継続させるための革新の時だったのです。
 リーダーに必要なのは、時代を築くことです。時代を築くとは、新しい価値観を作ることで、そうすれば人は自ずとついてきます。私は学生時代に、お茶の製造工場でアルバイトをしたのですが、現場の「有り様」を見て、五感が刺激される実体験を重ねることはとても大事です。経験に、会社の歴史を熟知して得た知識が加わり、一族の「DNA」が刺激された人だけが、何が新しい商品価値に繋がるか分かり、真のリーダーになっていきます。娘はハーブティーを売ろうとしたし、前作の『いつまで』で一太郎は薬升を開発しました。彼らには家業を継ぐリーダーの素質があると私は信じています。
 また、一太郎に妖という仲間がいるのは、素晴らしい強みです。「おもてなし」という概念は、日本人の高い能力ですが、本能でそれができるから、知識を得る努力は少なくていい。しかし日本が国際社会で生き抜くために必要なのは知識で、知識を得るためには、ネットワークを持つのが近道です。そうして、多くのネットワークを持っている人がリーダーになっていく。娘も頻繁に勉強会をしていますし、一太郎は長崎屋の離れに集う妖だけでなく、河童や神、他の店、お寺、栄吉のような友人まで、様々なネットワークを持っているから、彼が病で臥せっていても、多くの情報や知識が入ってくる。自然とそう振る舞えることもリーダーには必要なことだと思います。
 私から娘に伝えたいことがあるとすれば「続けてください」に尽きます。儲けて欲しいわけではない、続けて欲しい。そのためには要所で革新しながら新しい価値を見つけなければならない。それは、藤兵衛も同じ気持ちなのではないかなと、思っています。信じるとは、愛ですから。

(やまもと・かへえ 「山本山」会長)

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