対談・鼎談
2024年8月号掲載
特別企画
「光る君へ」に一億点差し上げます
澤田瞳子 × たられば
紫式部を主人公に据え、一話たりとも見逃せない怒濤の展開と伏線の嵐で話題沸騰中の大河ドラマ「光る君へ」。その行方を我がことのように見守る平安ラヴァーふたりが語りあう、古典文学の歓び、史実とフィクションの間、作家・紫式部の素顔、そしてこれから登場するあの人物への想いとは?
対象書籍名:『のち更に咲く』
対象著者:澤田瞳子
対象書籍ISBN:978-4-10-352832-6
澤田 いま大河ドラマ「光る君へ」の関連で引っ張りだこでしょうに、おいでいただきありがとうございます。
たられば いえいえ。澤田さんにお会いできるのを楽しみにしておりました。
澤田 けっこう前からXで、たらればさんの投稿を拝見していまして。一般の歴史ファンで、戦国が好き、幕末が好きという方はたくさん存じ上げていますが、平安時代、それも古典文学がこれほどお好きでお詳しいとは一体どんな方なのかと。大変失礼ながら、純粋な興味でお目にかかりたいと思ったんです。『のち更に咲く』刊行時には素晴らしい書評もいただいて(「波」3月号掲載)。あの書評がきっかけで本を手に取って下さった方、多いんですよ。
たられば それは嬉しいですね。『のち更に咲く』、最近また読み返しましたが、改めて主人公・小紅のキャラクターが素晴らしい。彼女は道長に仕える女房ですが、親や兄弟の汚名を背負いながら自分の運命を受け入れ、懸命に生きる。歴史に名前の残らない女房たち一人一人にも喜びや苦しみ、人生や宿命があったのだという当たり前のことに気付かされました。
澤田 恐れ入ります。
たられば 月の美しさや頬に当たる風の感触を描写した繊細な文章も実に味わい深かったです。この小説はどんな風に構想したんですか?
澤田 実は昔から藤原保昌・保輔兄弟を書きたかったんです。道長の忠臣である兄と、盗賊・袴垂に変じたという伝承のあるアウトサイダーの弟。この対照的な兄弟の兄・保昌は、さぞかし苦労が多かったのだろうなと。ただ、兄の目線から描くと堅苦しくなりそうでつまらない。そこで妹の小紅を設定しました。ちなみに私の保昌の脳内イメージキャストは西島秀俊さんです。
たられば すごい! ぴったりです。
澤田 でも、まさか「光る君へ」で袴垂がフィーチャーされるとは思いませんでした。散楽一座の芸人で盗賊でもある直秀(毎熊克哉)は、明らかに袴垂を意識したキャラクターでしょう。
たられば 僕もびっくりしました。直秀は良かったですよね。しかも死んじゃった後に「直秀ロス」と言われるまで人気が出て。
澤田 藤原兼家が死ぬ回のタイトルが〈星落ちてなお〉だったのも仰天しました。周りから「何か関係してるの?」と訊かれましたが、『星落ちて、なお』の作者である私は何も聞いていない。
たられば そのうち『のち更に咲く』も使われるかもしれませんね。
澤田 その時は大いに便乗させてもらいます(笑)。
「推し」への責任と緊張
澤田 でも平安って正直、ニッチな時代じゃないですか。
たられば そうですねえ。神田の古書店に行くと、戦国や幕末関係の棚は一階の目立つ場所にドーンとあるのに、平安ものは二階にあったりして。
澤田 わかります。
たられば しかも僕が一番好きなのは『枕草子』なので、『源氏物語』との扱いの差にいつもションボリします。
澤田 なぜ平安文学に興味を持たれたんですか。
たられば もともと百人一首を全首覚えていたり、『枕草子』を読んだりといった程度には好きでした。それが、2007年にサントリー学芸賞を受賞した山本淳子先生の『源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり』を読んで、一条朝(一条天皇の時代)を好きになったことが決定的な契機だったかなと思います。その頃は隅っこで一人で本を読んでいるタイプだったんですが、そのうちSNSを始めて、古典文学の話を投稿するようになった。すると、それなりに読まれて反応があることに驚きました。
澤田 それが今や23万ものフォロワーがいらっしゃるとは。『枕草子』が一番お好きなのはなぜなんですか?
たられば 一番は「敗者の文学」であるという点ですね。不遇の定子を思った清少納言が、随筆の中に定子とそのサロンの姿を美しく封じ込めた『枕草子』は、いかにして負けるか、負けた後にどう振る舞うべきかをカッコよく教えてくれます。
澤田 摂関政治の中で敗者になった人たちは他にも数え切れないほどいます。その中でなぜ中関白家だけが現代まで語り継がれているかといえば、『枕草子』があったからですものね。
たられば おっしゃるとおりです。今日ここに来てよかった! 負けた側の人生にも意味があると肯定してくれる随筆が日本で一番読まれている。そのことは日本人のメンタリティに少なからぬ影響を与えていると思います。敗北の文学がこの世界の美しさを祝福している、という点も素晴らしい。それに敗者だけでなく、勝者である藤原道長の権力の強大さを後世に伝える役目も果たしている。筆の力、作品の力を感じます。
澤田 最近は毎週日曜に「光る君へ」をリアルタイム視聴しながら関連する知識や感想をⅩに投稿なさっていて、あれは面白い試みですね。
たられば ありがとうございます。放送中はPCを開いて、傍らに参考資料――『小右記』『御堂関白記』『紫式部集』『枕草子』なんかを置いて、すぐに調べられるようにしています。
澤田 もう少し時代が進むと『紫式部日記』も加わりそう。
たられば じつのところ、2024年の大河の主役が紫式部だと発表されて以来、ずっと情緒不安定なんです。宝くじに当たったような喜びと、自分の推しが国民的注目に耐えうるのかという不安の間で揺れ動きまくっている。
澤田 近所の贔屓の定食屋がミシュランの星を取っちゃったという感じ?
たられば はい……。これまで数十人単位の村でどんぐりを拾って生きていて、今日は良いどんぐりが拾えたねー、とキャッキャしているところに、突然何十万人もの観光客が来てしまい、「あの、どんぐり……見る?」とおずおず差し出している感じ(笑)。
澤田 どんぐり!
たられば 馬鹿みたいなことを言っているのは重々承知ですが、ここで私が対応を間違えると、大好きな『枕草子』や平安という時代自体の評価まで下がってしまうのではないかという緊張感が常にあります。
澤田 このドラマが今後、日本人の平安イメージの源になる可能性は大きいですものね。
初回のショックを乗り越えて
澤田 私も奈良・平安の歴史を大学で研究し、小説も書いてきて、これまでは大河ドラマの盛り上がりとはまるで無縁だったんですよ。
たられば ですよね……。
澤田 ところが、「光る君へ」の製作が発表された途端、編集者や知り合いの古代史学者から「澤田さん、見た!?」というメールがドッと来て、何なんだ、これは! と。少し落ち着いてから、そうか、戦国や幕末を書いている同業者たちが経験してきたお祭りが私のところにもやって来たんだという理解に至りました。初回をご覧になった時は、どんな気分でした?
たられば 最後のシーンで殺人事件が起こりましたよね。あれで飲んでたお茶を、比喩ではなくリアルに吹き出しました。動揺が収まってからは、あのシーンがSNSで炎上しませんようにと、祈るような気持ちでタイムラインを見守りましたね。
澤田 私も祈るような気持ちで大河を見る日が来るとは夢にも思わずで。京都では初回にパブリックビューイングが行われたんですが、そのお知らせがスマホに流れてきた瞬間、何も考えずにポチッと申し込んでました。人生初のパブリックビューイングです。
たられば そのイベント、うらやましいなと思ってたんです。
澤田 あの殺人の場面では、さすがに会場中が息を呑みましたね。平安大河ってどんな風になるんだろうと心配していたら、心配の範疇を超える事件が起きてしまった(笑)。穢れを恐れていた当時の貴族が返り血を浴びたまま帰宅するはずがないと苦言を呈する方々もいましたが、私は、しょっぱなで平安ルールみたいなものが軽々と吹っ飛ばされた以上は、もう振り落とされないように付いていくしかないという気持ちでした。
たられば 私も最初は戸惑いました。手を握ったり、顔をじかに見るまでの過程がドラマになる時代なわけじゃないですか、平安は。だから、まひろ(紫式部/吉高由里子)と三郎(道長/柄本佑)が二人で顔を見せながら鴨川沿いを歩くなんて本来ありえない。ですが、この大河では、まひろと三郎が対面しなきゃ生まれないドラマを作るつもりなんだなと考えて、複雑ですが乗り越えました。
澤田 登場人物が顔を合わせないとドラマにならないし、まひろが外に飛び出さないと物語が進まないですよね。その点で脚本の大石静さんの振り切り方はすごいと思います。物語の構成はお上手だし、登場人物たちの感情の動きも見られるから、細かいことはいいか、という気分になれる。悪い意味ではなく、あの時代に対して、そこまで執着のない方だからこそできるアクセルの踏み方です。
たられば 多くの人に見てもらうために、当然の手法ではあるでしょうね。実際、ドラマのお陰でたくさんのお客さんが平安界隈に来てくれました。何より清少納言をこんなに出してくれて、もう本当に、ありがたいの一言です。紫式部が主役なら、清少納言が悪く描かれたり、数回しか登場しない可能性もあると覚悟していたので。
澤田 ドキドキさせられたけれど、トータルでは百点という感じですか。
たられば トータルでは一億点です(笑)。燃え盛る二条邸の中で、生きる気力を失った定子に向かって清少納言が「生きねばなりませぬ!」と訴える。そんなこと実際にあるわけがないんだけれど、もう号泣しました。「今日から俺の定子様と清少納言はこれでいいです。ありがとうございます!」という気持ちです。
作家が見る、作家・紫式部
たられば 今回、「光る君へ」をめぐるSNSとコンテンツの幸せな交流の中で発見したことがあるんです。もし平安の宮中で「これはないわ」とか「ときめくー」とか言い合いながら、みんなで『源氏物語』を読んでいたんだとしたら、ドラマを観てSNSでああだこうだ言うのは、千年ぶりにその楽しみ方に回帰しているってことなんじゃないのかなと。
澤田 それ面白いですね。私が編集者さんと話していたのは、『源氏物語』は書いたらすぐに回し読みされていたわけだから、後から遡って物語に手を加えたり修正したりはできなかっただろう。ということは、新人作家の初の長編連載が一発勝負で世に出るわけですよ。ありえん(笑)。
たられば 登場人物も膨大ですしね。その割にはキャラのブレが少なく、一貫している。同じ作家として、紫式部は執筆に際して家系図や人物表などを作っていたと思われますか?
澤田 どうでしょう。でも創作メモを作っておかないと、絶対にわけが分からなくなるだろうなあ。
たられば ですよね。作中で足かけ七十年ぐらい経過しますし、キャラクターたちもそれぞれ年とっていくし。
澤田 思い出したように誰かの娘が登場するし。
たられば そもそも書いたものを取っておけるような部屋もなかったのでは。どこに置いていたのかな。実家?
澤田 しょっちゅう御所が焼ける時代ですから、大事な原稿もメモも焼けちゃうかもしれない。私なら三つぐらい写しを作って、それぞれ違う場所に保管したい。
たられば 澤田さんは執筆の際に、人物相関図や家系図を作りますか?
澤田 家系図は作ります。『のち更に咲く』だったら、小紅たち一家の家系図と、必要があれば道長一家のも書きます。大学ノートを開いて、片側のページに家系図、反対側に一年一行で必要な歴史的事実だけを書いていく。
たられば おお、興味深い。それが設計図ってことですか。
澤田 はい。私は大体、その見開き二ページで収めます。それを横に見ながらA4の用紙一枚にプロットを、もう一枚に人物紹介を書いて、それでもう見切り発車です。
逆風の中で書かれた「物語」
たられば よく話題になる「紫式部は一人で書いていたのかどうか問題」なんですが、以前ある漫画家さんとお話ししたら、その方は、紫の上推しやら、明石の君推しやら、何人かのスタッフがいて、合議制に近い形で話を練り、メインライターの紫式部が取りまとめて書いたのではと推測しておられた。長大な物語ですし、一人きりでは難しそうですよね。現代の漫画家さんの製作現場に近かったのかもしれない。
澤田 あの時代、上手い文や和歌はよく共有されましたが、自分一人で書いた物語を社会に共有されるのって、書いた人にとってはとても怖いことだったと思うんですよ。きっと同志は欲しかったんじゃないかなと思います。
たられば 私たちが考える以上に、物語に対する風当たりが強かった時代。嘘を書くと地獄に落ちると言われていましたからね。『源氏物語』の「蛍」で光源氏が「歴史書が第一で、物語はずっと劣るけれど、物語にしか書けないものがある」と物語論を展開しますが、あれを書いた紫式部は、相当腹立たしかったと思います。
澤田 しかも書き手と読者が近すぎる。狭い貴族社会で、書いた端からみんなが読むなんて。物語の立場が弱い社会であれを書き続けるのは、ものすごいエネルギーを要したはずです。
たられば それに取材もしないと書けないですよね。当時の六条御息所(東宮妃)が寝所でどんなことをして、どう振る舞うかなんて分かるわけがない。本人に聞くわけにもいかないし。
澤田 『枕草子』もそうですが、そもそも、ほんの数人に向けて書かれたものなんですよね。
たられば それが今、世界中で読まれているんだから大したものです。京都を見たことも聞いたこともないような人たちが想像して読んでいると思うと、これも文学の力を感じます。ところで、澤田さんに一つお願いなんですが。
澤田 はい?
たられば 次にお書きになる平安ものに、ぜひ清少納言を出して下さい。
澤田 そういえば出したことないです。
たられば どういう印象を持たれていますか、清少納言に。
澤田 頭のいい人ですよね。『枕草子』を読むと好き嫌いもはっきりしているし。でもこの人、これは経験してないなと感じることがあって、例えば歯を痛がる女が美しいと書いているじゃないですか。あれ、実際に歯痛を経験していたら書けないだろうと考えちゃいます。
たられば たしかに。虫歯は麻酔なしで抜くしかなかった時代にこんなこと考えるなんて、ちょっとヤバい人だなとは思ってましたが。
澤田 あれを美しいと言えてしまうとは、ちょっとサディスティックな面があったのかな。あと、歯が丈夫だったんだと思います。
たられば その視点はなかった……。
澤田 それ以上はまた考えます。
たられば ぜひ!
そして和泉式部がリングイン
たられば 大河も後半に入りましたが、公式ガイドブックを読むと、このあと和泉式部が出てくるみたいで。
澤田 そうなんです。
たられば 紫式部や清少納言と絡んだりするのか……普通に考えると清少納言とは気が合いそうだけど、紫式部とは絶対合わなそう。
澤田 合わない。私は杉本苑子さんの小説『散華 紫式部の生涯』に出てくる和泉式部が大好きで。彼女の中では幼なじみの皇子たちと男女の関係になっちゃうのが自然な成り行きなんだけれど、潔癖な紫式部はそれが許せない。
たられば 許せないでしょうね。そうじゃなかったら、和泉式部のことを「歌はいいけど身持ちが悪い」なんてあからさまに書かないでしょう。ただ当時、一番評価されていたのは和泉式部じゃないかと思うんですよ。才能溢れる歌人で、「勅撰和歌集」に採られた歌の数は女性部門でぶっちぎりの第一位。
澤田 ゴシップの破壊力もすごいですよ。為尊親王・敦道親王兄弟と続けて恋仲になったのは有名です。でも、冷泉天皇が廃され、皇統が円融天皇へと移ったことで権力の座から遠のいた親王たちと恋愛に耽ったというのは、和泉式部なりの「敗者の美学」だったかもしれません。
たられば そうなると和泉式部を見る楽しみのギアが上がりますね。でも現代では他の二人ほどメジャーじゃないから、悪く描かれたらどうしようとか、逆にたいしたことない人みたいに描かれても嫌だなとか、このあと長生きする彰子はどんな風に描かれるんだろうとか、道長の晩年はつらいんだよなあとか……。まだまだ僕の心乱れる日々は続きそうです。
(さわだ・とうこ 作家)
(たられば 編集者)