インタビュー

2024年9月号掲載

新潮クレスト・ブックス フェア 特別インタビュー

浮かび上がる人生の断片

ジュリー・オオツカ

対象書籍名:『スイマーズ』
対象著者:ジュリー・オオツカ/小竹由美子 訳
対象書籍ISBN:978-4-10-590195-0

『屋根裏の仏さま』に続く最新作『スイマーズ』で米カーネギー賞を受賞したオオツカ。滑稽なまでにプールを愛し通い詰める人々と認知症の女性、それぞれの日常のきらめきを捉えた本作はどのようにして生まれたのか。

聞き手 スティーブン・スポサト
翻訳 小竹由美子

――『スイマーズ』はあるユニークなコミュニティの活気溢れる描写で始まります。コミュニティというものに意図的に焦点を当てようと考えていたのですか?

 はい、公共プールにおけるこだわりスイマーたちの奇妙な仲間意識について書いてみたいと、長年思っていました。泳ぐのが好きなだけではなく、泳ぐために生きているような人たちのことを。とびきりの題材ですし、たっぷりユーモアを込められますしね。でもそれをどう小説にすればいいかよくわからなくって。このコミュニティを描写するだけでは十分じゃないでしょ――ほら、このクレージーなスイマーたちを見てよ、ではね。何かが起こらなくては。そうしたら「ひび」を思いついたんです。わたしは心のどこかで、こういう完全な想像の世界を作り上げては打ち壊すのを楽しんでいるのかもしれません。わたしの作品にはこのテーマが繰り返し現れるようですね。

――プールという隠れ家が、あの底に生じるひびに脅かされる、それはまた極めて象徴的にも感じられます。この世界であなたが特に憂慮なさっているひびはありますか?

 この惑星は、ぱっくり割れる寸前のように思えます。湖は干上がり、氷河は融け、海面は上昇し、空から死んだ鳥が落ちてきます。昆虫は消えてゆき、子どもたちは元気がありません。何かがひどく間違っているんです。そしてこの国はかつてないほど分裂しているように感じられます。独裁政治へと向かう流れ、投票権の後退、中絶やトランスジェンダーの権利を巡る論争、非白人の歴史の抹消、こうしたすべてが国家という布の裂け目となっていて、わたしはそれを憂慮しています。とはいえ、わたしはあのひびを、文字通り、正真正銘のプールの底にできたひびとして書いたのですが。

――本書はその後、スイマーの一人であるアリスと、その家族に焦点をあてますね。このユニークなストーリー構成はどういうところから思いついたのですか?

 本書は基本的にリバースエンジニアリングの手法で書かれています。アリスと彼女の認知症について書きたいということはわかっていました、そしてプールの世界についてもね、でも、この二つの途方もなく異なったテーマをどう繋げたらいいかわからなかった。するとある日、ただ単にアリスをプールに入れてしまえばいい、スイマーたちの一人にしてしまえばいいじゃないかと気づいたんです。彼女はこの本の半分と半分を繋ぐ糸になるとね。

――本書では、ちょっと変わった視点が使われています(一人称複数、二人称)、しかも完璧に滑らかに。この小説の技法は終始非の打ちどころがありません。あなたは美術を学ばれましたが、それは小説のアプローチに何か影響していますか?

 確かに表現形式の構成についてはよく考えますね。要素をどう組み立てるか。書くということの多くはわたしにとって、題材のための適切な形式を見つけるということなのです。そしてそれには、適切な語りのヴォイスを見つけるということも含まれます。絵画と彫刻を学んだことは、確かにわたしの執筆プロセスに影響を及ぼしていますね。絵を描いていた時は、情景をキャンバスにざっと下描きし、それからゆっくりとディテールを描きこんでいきました。そして、小説を書いているときも同じことをしています、パラグラフの概略をざっと、表現には気を配らずに書いておいて、それから戻ってディテールを埋めていくと、徐々に情景がはっきりしてくるんです。

――この小説における認知症とそれが家族に与える影響の描写は、じつに胸を打つ、陰影に富んだ印象的なものです。どういうところから着想を得られたのでしょう?

 自分の母親が前頭側頭型認知症によって長い年月をかけて徐々に衰えていくのを見守り、母の病気のせいで家族全員が様々な辛い、相反する感情を味わうのを目にしてきました。そのことについて書きたいと思ったんです。ただしユーモアと思いやりをこめてね、悲惨な長い道のりをゆっくりとぼとぼ最後へと向かう、などというものではなく。陰鬱な認知症小説なんて書きたくありませんでした。母の場合は 、ときおり新事実が出てくるんです。すごく可笑しなことも多く、びっくりするほど明晰になったり。こういうときのことも書いておきたくて。ひとつ、非常に興味深かったのが、第二次大戦の記憶は鮮明なままだったということです、人生の他の部分のことはとうに忘れてしまったずっとあとまで。こうした断片的な記憶が表面へ浮かび上がってくる様は、認知症になるまえのアリスがどんな人間だったかを読者に随時示すには、とても自然な方法のように思えました。

First published on BOOKLIST ONLINE, June 1, 2023.
https://www.booklistonline.com/The-Booklist-Carnegie-Interview-Julie-Otsuka-By-Stephen-Sposato/pid=9781176

(ジュリー・オオツカ)

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