書評
2024年10月号掲載
戦争を避けるための儲からない仕事
桜林美佐『軍産複合体―自衛隊と防衛産業のリアル―』
対象書籍名:『軍産複合体―自衛隊と防衛産業のリアル―』(新潮新書)
対象著者:桜林美佐
対象書籍ISBN:978-4-10-611059-7
タイトルからは、戦争で儲けようとしている人たちの話のようにイメージされると思うが、本書でリポートしているのは戦争を避けるため儲からない仕事をしている人たちの姿である。
日本の「防衛産業」とは一体どういうものなのか、まだほとんど知られていない。それは当然で、正確に言えば日本には「防衛産業」は存在しないからだ。防衛事業だけで成り立っている企業はなく、「一部門」でしかない。その防衛需要依存度は平均で4%程度と言われ、会社によっては1%以下という場合もあるため、「防衛? ウチにそんな事業ありましたっけ」と、社員ですら存在をよく知らないこともある。
「防衛産業」にとって最も近い人たちは自衛官である。ユーザーは自衛隊しかいないからだ。では自衛官が防衛産業のことをよく知っているかといえば全くそんなことはなく、接点のない自衛官のほうがはるかに多い。
つまるところ、わが国の防衛産業の人たちは、自分たちの属する会社にも、唯一のお客さんである自衛隊にも、その存在意義がしっかり理解されていない存在なのだ。
その「防衛産業」に今、世の中が注目している。輸出を推進し、世界で勝負できるようにさせようとか、そんなことをすれば死の商人になるとか議論百出であるが、これらはあくまでも想像(妄想)の世界でしかない。全く門外漢の日本人がオハイオ州の製造業をいかに立て直すか、などと論じたりはしないように、本来であれば自分たちがよく知らない日本の防衛産業について議論そのものができないにもかかわらず、居酒屋談義のみならず国会でも話題になっているのが現在の状況だ。
私自身、思いがけずこの問題に取り組むことになり十数年、知り得た課題を様々な形で発信してみたものの、大きな改善も見られず、また誤解ばかりが広まっているため無力感の中にあった。
そんな時「軍産複合体」が日本を救うというコンセプトで執筆の機会を頂くことになり、装備行政に一石を投じたいなどという身の程知らずな野望は捨て去り、半ばやけっぱちな態度で、とにかくこれまで見聞きしたことを旅行記のように書き綴ってみたのが本書である。
また、防衛産業を語るには自衛隊を知る必要があり、両者を切り離して議論しても全く意味がない。そこで今回は自衛隊にまつわる話題も多く盛り込んでいる。考えてみると、従来の拙著では、自衛隊の本には自衛隊のこと、防衛産業の本には防衛産業のことを書くものだと思い込んでいた。その縛りを取り払って頂いたことが画期的だった。
誤解の多い「武器輸出」論議も含め、わが国にある技術を日本の防衛や世界の安定に活かす議論を正しく行うための一助になればありがたい。
(さくらばやし・みさ 防衛問題研究家)