書評
2024年12月号掲載
そのツッコミはフロイトに通ず
橋本直『細かいところが気になりすぎて』
対象書籍名:『細かいところが気になりすぎて』
対象著者:橋本直
対象書籍ISBN:978-4-10-355851-4
いま全国に、細かいことが気になって自分を上手く表現できず悩んでいる方がたくさんいらっしゃると思います。そんな生きづらさを感じている方に朗報です。橋本直さんのエッセイ集『細かいところが気になりすぎて』を読めば、そんな心のモヤモヤがきっと晴れていくでしょう。
橋本さんは言わずと知れたお笑い芸人で、銀シャリというコンビのツッコミ担当。あえて「先生」と言わせてもらいますが、私は、橋本先生は数多のツッコミ芸人のなかでもナンバーワンの実力の持ち主だと思っています。というのは、橋本先生とはテレビで何度も共演しましたが、間近で繰り出されるそのツッコミは他の誰とも違う視点からのものであり、語彙の豊かさやその瞬発力に脱帽しました。
また、私の大好きなバラエティ「ゴッドタン」でも、そのツッコミ力に特化した企画がシリーズで放送されています。それは橋本先生のツッコミがあまりに見事なのにもかかわらず、普段大勢が集う番組ではその力を出しきれていないのがもったいない。ゲームメイクしつつ、どんな位置からもシュートを決めるサッカーのメッシのような、芸術的で総合力もあるそのツッコミを遺憾なく発揮させてあげようというもので、そんな企画がテレビで成立すること自体、橋本先生のツッコミが日本のトップである証でしょう。
なぜ私が「先生」とお呼びするかというと、この本はエッセイとしてはもちろん、「ツッコミ健康法」としても楽しめるものだからです。先ほど申し上げた通り、本書で繰り出されるツッコミに倣えば、心身が健やかになり、人に対しても優しくなれる。無敵の健康法と言えるのです。
具体的にみていくと、橋本先生はとりあえず何にでもツッコみます。例えば「究極の塩ラーメン」の章。楽しみにしていた塩ラーメンの味がすごく薄かった時、「アカン! アカン!! アカン!!!」と脳内で宮川大輔さん並の叫び声をこだまさせながらも、「優しいお味で、しっかり出汁がきいていて、次々に食べ進めたくなりますね~」「スープ全部飲み干せますね」とどんどん言葉を被せていく。すると味の微妙さがプラスに転換されるから不思議です。
「ホテルの部屋で」のエピソードも秀逸でした。ホテルの部屋の電気のスイッチがどうしても見つからず泣く泣くフロントに電話をすると、「お客様の電話機の置かれている真下の引き出しの、取っ手と思われる装飾の真ん中にある小さい黒い突起」がスイッチだと分かり、「スパイ映画とかで傘やカバンがいきなり銃になるやつやん! そもそも『取っ手と思われる』って言うてもうてるやん。もうそれは罠やん」と心の中でツッコミを次々に繰り出します。その上、ホテルのベッドのシーツには「大凧で空を飛んでる忍者くらい体の自由がきかないレベルでサイドにびっちりと食い込んでいる」とツッコむことも忘れません。
私はここまで読んで、思わず吹き出しました。ホテルの部屋の電気のスイッチが分かりにくいことも、ベッドのシーツがピチピチなのも、きっと多くの人が共感できることでしょう。そんな日常の些細なひっかかりが、橋本先生がツッコむことで面白く楽しいものになり、イライラはいつの間にか解消させられている。しかもこれらのツッコミはテレビで披露するには少し長すぎるから、エッセイならではの魅力として存分に堪能できるのです。
こんなふうに、腹が立ったり失敗して悔んだり悩んだりしていることのすべてを、橋本先生は「ツッコミとなって昇華される喜び」と書いています。「昇華」という言葉が素晴らしくて、これは、モヤモヤして爆発しそうな(性的なものも含めた)エネルギーは、学問や芸術、スポーツなどに活かせるとしたフロイトに通ずる考えでもあります。しかも橋本先生のツッコミは、常に優しい。脳内でのツッコミも外に発せられるそれも、鋭い視点と独特の言葉のチョイスなのに決して人を傷つけるものではない。それは、自分自身さえ面白く見えればいいという自己顕示欲ではなく、その場がいかに明るくなるかということに重きを置いているからでしょう。モヤモヤを的確かつ面白く言語化し、自分も周りも気分良くいられる橋本先生のツッコミは、これからの日本にますます必要とされると私が考える「上機嫌の文化」に結びつくものではないかとも思うのです。
しかもこの本では、相方・鰻さんの4コマ漫画がすべてのエピソードに添えられています。これがまた素晴らしい。「塩ラーメン」の章では「湯切りになっても変わらないカッコよさ」というタイトルで、非常に独特な4コマを展開しています。橋本さんの天才的なツッコミの文章に、同じく天才的なボケで鰻さんが応答しているわけで、ふたりの組み合わせの絶妙さを漫才とはまた別のかたちで堪能できるところもこの本の見どころでしょう。
「怠惰ってすごい字面やな」と、最終的に字面にまでツッコみ始める橋本先生。「『怠惰を抱いた』と回文にしたところで特に何も起こらない」という一文には思わず唸りましたし、日本語を愛するひとりとして感動すら覚えました。
橋本先生にはこれからもツッコミ道を邁進し、日本の皆さんを明るく健康にし続けていただければと願っています。
(さいとう・たかし 明治大学教授)