書評

2024年12月号掲載

ビジネスマンが手元に置くべきガイドブック

本の要約サービスflier編集部『必読ベストセラーを超要約! ビジネス書大全―一生モノの仕事力が身につく名著100冊を1冊にまとめてみた―』

栗下直也

対象書籍名:『必読ベストセラーを超要約! ビジネス書大全―一生モノの仕事力が身につく名著100冊を1冊にまとめてみた―』
対象著者:本の要約サービスflier編集部
対象書籍ISBN:978-4-10-355921-4

 企業取材を20年近くしていた。最後の頃は馴れ合いになっていた。「オフィシャルの場では、どうせ聞いたところでまともに答えないだろう」と感じながらも、仕事なので儀礼的に聞き、相手も用意した回答を口にする。大企業のサラリーマン社長はオフィシャルな取材で広報が用意した想定問答集から大きく外れたことは口にしない。株価が大きく動くようなことはいわない。
 それは仕事の中身が変わっても同じだった。会社を辞めた後に、聞き書きで経営者の本を何冊かつくったが、これまたどこかで聞いたような話が多い。出版社の人には怒られそうだが「よくもこんなに似たようなものをパッケージだけ変えてつくれるものだ」と感心するのである。
 だが、考えてみれば当たり前である。組織での仕事とは再現性だ。属人的ではいけない。誰がやっても一定以上の結果を出さなければいけない。人間が集団生活を始めた頃から本質は変わらない。だから、古典が読み継がれてきたのだろう。
 例えばリーダーの振る舞いを学びたければ『孫子』を読めばいい。中国で聖典と位置付けられ、ヨーロッパや日本でも広く親しまれている。これは同書が兵法書というよりも、処世術や組織統治の示唆に富んでいるからだろう。ちなみに、武田信玄の「風林火山」は同書の一節だ。
 松下電器(現パナソニック)の創業者である松下幸之助の『道をひらく』には立場や職種を問わず役立つ知恵がちりばめられている。幸之助は、考えて工夫して、やってみろ、失敗してもやり直せばいいと説く。このサイクルを繰り返し実行することで経験値が上がり、おのずと道は開けるというわけだ。
 他にも成功者になりたければ『7つの習慣』を読んで人格を磨けばいいし、人を説得するコツを知りたければ『影響力の武器』を参考にすればいい。
 ただ、問題もある。令和のビジネスパーソンにはそんな時間はないのだ。エッセンスだけ知りたい、本を読む時間があるのならばYouTubeでも見ていたい。悲しいかな、それが本音だ。
「そんな都合のいい話はない」と一昔前ならば笑われていただろうが、いつの時代も欲望は満たされる。今では本の要約サイトがいくつもあり、複雑な手続きなく、インターネット上で簡単に閲覧できる。時短で本の中身を整理、理解できるし、要約を読んで、興味をもった本だけ読めばいい。
 だが、これまた問題がある。どの本の要約を読めばいいかがわからずに悩む人が少なくないのだという。「つべこべ言わずに気になる本を読めよ」とも思うのだが、気になる本がわからないから悩んでいるのだ。ビジネスに活きる情報だけ、なるべく時間をかけずに知りたい。正直、どこまでわがままなのだと思うのだが、繰り返しになるが、需要があるのならば供給してしまうのが今の世界であり、その需要を満たすのが本書なのだ。
 前置きが長くなったが、本書は、要約サイトの先駆けの「flier(フライヤー)」がこれまで取り上げてきた約3700冊から、100冊を選んだ。「コミュニケーション」「習慣」「仕事・勉強術」など7つのカテゴリーから構成されていて、前述した『孫子』『道をひらく』『7つの習慣』『影響力の武器』も含まれている。1冊あたり3―4ページで本の要点だけでなく、実際に本を手に取りたくなる紹介文も並ぶ。
 興味深いのは新旧の本がバランスよく混ざっているところだ。私は「古典だけ読めばいい」と書いたが、ビジネス書は身近さが重要だ。どんな名著も「自分ごと」に考えられなければ身につかない。
 スマートフォンどころかインターネットもない時代の習慣術よりも堀江貴文氏の『多動力』が心に響く人も多いだろうし、複雑化する現代においては『ティール組織』に兵法書よりもリーダーにとってのヒントを見つけられるかもしれない。寿命が大きく延びた今は『LIFE SHIFT』にこそ、昔の人が想像すらしていなかった人生100年時代の知恵があるだろう。最近、書店で平積みにされている『頭のいい人が話す前に考えていること』『人は話し方が9割』なども取り上げられている。
「古典に興味ないし」「最近のチャラチャラした本は読みたくない」という人もいるかもしれないが、食わず嫌いでは新たな発見はない。読書好きでも、年齢や立場によって関心を持つ領域はどうしても偏る。ガイドブックとして本書を手元に置いておくと意外な出会いがあるかもしれない。どこかで聞いたような締めになってしまったが、「定番」こそビジネス書の書評としては最大の賛辞なのだ。

(くりした・なおや ライター)

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