書評
2024年12月号掲載
孤独な二人の愛を描いた青春ミステリー
玖月晞『少年の君』
対象書籍名:『少年の君』
対象著者:玖月晞/泉京鹿 訳
対象書籍ISBN:978-4-10-240641-0
香港出身の俳優デレク・ツァンがメガホンをとった青春映画「少年の君」は、第39回香港電影金像奨で作品賞、監督賞、主演女優賞など8部門を受賞、第93回米アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされ、日本でも、2021年に公開された。
私は、この映画を初めて観た時、エンドロールが終わっても込み上げてくる感情に耐えきれず、しばらく放心状態だった。二人の孤独な魂、その眼差しが、いまなお焼き付いている。
本書は、その原作となった小説である。読み終えた時、映画を観終わった時とは、また違った感情が湧き上がった。しんとした、深く透明な静けさの中にいるようで、しばらくここで、じっとしていたいと思った。一本の映画に収まりきれず零れ落ちてしまった、うつくしい場面を、まるで映画のワンシーンのように何度も思い出していた。
16歳の女子高生、陳念は、飛び降り自殺をしたクラスメイト、胡小蝶の最後の目撃者だった。陳念が警察に事情を聞かれていることを知った、いじめグループのリーダー、魏莱は標的を陳念に変え、口止めとともにいじめを開始する。陳念は吃音を抱えており、人と話すのが苦手で、いじめられても黙って耐えている。
ある日、下校途中の彼女は集団暴行を受けている少年を目撃し、通報しようとしたところで彼らに見つかり、大事な生活費を巻き上げられてしまう。後日、巻き上げられた金額を律儀に返しにきたその少年、北野と陳念は次第に心を通わせていく。北野は、いわゆる不良少年で学校にも通っていない。一方、受験を控えた陳念は、この街を出て北京の大学へ行くのを目標に、勉強に専念していた。
再び警察に事情を聞かれ、魏莱たちのことを正直に話した陳念へのいじめは、更にエスカレートしていく。退学になった魏莱は、通学路で待ち伏せするようになり、陳念は学校の外に出られなくなる。担任や彼女を気にかける若い刑事が付き添ってくれる時もあったが、隙を見ては襲いかかってくる。まるでオオカミの群れのように。ゴミ捨て場のコンテナの中に逃げ込んだ陳念は、魏莱たちが完全にいなくなるまで、そこに身を潜める。這い出た彼女は、生きる屍のようになりながら北野のもとへと向かい、静かに言い放つ。
「君がわたしを守って」と。
それからは登下校時、少し離れたところから、いつも陳念を見守っていた北野だったが、運悪く二人が行き違ってしまった時、魏莱たちに捕まってしまう。陳念を薄暗い路地へ引っ張り込み、殴り、洋服を引き裂き、写真や動画を撮り、嘲笑う。彼女たちが、もはや同じ人間とは思えないほど凄惨ないじめをする理由を、作家は次々に挙げる。「彼女の吃音も、彼女の美しさも」「両親から叱られたことも」「彼女たち自身の退屈で味気ない現在が」「ぼんやりと希望もない将来が」気に入らなかったと。つまり全てが気に入らないのかもしれず、これだという理由を明確にしない。いじめる側に光を当てず同情を与えない。
暴力を振るわれ続け、陳念が助けを求めても、道ゆく人は無関心を装う。
しかし、それはかつての陳念でもあった。自殺したクラスメイト、胡小蝶が魏莱たちにいじめられているのを、巻き込まれたくないあまり見て見ぬふりをしていた過去があったのだ。陳念にも罪の意識がある。それでもこの暴力には耐えられない。下着一枚になりながら嗚咽する彼女は、北野の家で朗読した聖書の祈りの言葉を口にする。「我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ」と。
この場面の凄まじさ。祈りの言葉を叫ぶ陳念と、彼女の裸体を見世物にする魏莱たち。その対比。照射。光と闇。清と濁。罪と罰。
傷だらけになりながら祈りの言葉を叫ぶ陳念の姿は、まるで十字架にかけられるキリストのようだ。神の不在を嘆きながら、同時に、神の存在を目の当たりにした。
壮絶ないじめが続く中で、陳念と北野の二人だけで過ごす時間は、まるで泥の中に落ちている宝石のように、尊く、いとおしく、きらきらと輝いている。
北野の家の近くにあるパン屋さんで買う、焼き立てのパンの匂いや、部屋に射し込む西日、一緒に見上げた星空、扇風機の風、マジックのように街中の明かりが灯る瞬間。この二人の時間が誰にも壊されず、邪魔されず、永遠であってほしいと願わずにはいられない。
しかし中盤、ある事件が起こり、二人の絆が試されるような日々が始まる。
それでも、どんな局面に立たされようと、二人は決して揺らがない。その絶対的な信念に、「愛」と呼んでも足りないくらいの想いの深さに、二人の聖域に、胸を突かれた。10代の、弱きものであるがために身につけるしかなかった強さに、大人の私は言葉を失った。
本書の冒頭には、こんな言葉がある。
「君は世界を守れ、俺が君を守る」
初めてこの言葉を目にしたとき、後半の「俺が君を守る」は分かるけれど、「君は世界を守れ」とはどういうことだろうと思った。世界を、守る?
読み終えた今なら、痛いほど、苦しいほど伝わってくる。
過酷な10代を経た陳念だからこそ、守れる世界がある。彼女にしか対峙できない世界がある。
うつくしくない世界に絶望しないように、この物語は、きっと、読むあなたを守る。
(こばし・めぐみ 女優/文筆家)