対談・鼎談
2025年1月号掲載
住野よる『歪曲済アイラービュ』刊行記念
双方向ディアローグ
住野よる × いつか
新刊『歪曲済アイラービュ』で、『か「」く「」し「」ご「」と「』以来、二冊目のタッグを組むことになった作家とイラストレーター。本が完成した今だからこそ明かせる裏話や、お互いの創作について、存分に語っていただきました!
対象書籍名:『歪曲済アイラービュ』
対象著者:住野よる
対象書籍ISBN:978-4-10-350834-2
住野 今回の新刊で、再びいつかさんに装画をお願いできて嬉しかったです。今更ながら、引き受けてくださってありがとうございます。
いつか いえ、こちらこそです! 私にとっては七年前、『か「」く「」し「」ご「」と「』の装画のお仕事をいただいたのも、信じられないほど嬉しい出来事だったんです。というのも、住野さんのデビュー作『君の膵臓をたべたい』は自分の中で特別な本でした。私は何か悩みがある時に本を手に取ることが多いんですが、あの本に出会った時も、ちょうど人生のターニングポイントというか、岐路に立っているようなタイミングで、小説にすごく背中を押してもらったんです。なので、まさかその作者さんとお仕事をさせていただけるなんて! と夢のようでした。しかもあの時はまだイラストのお仕事を始めて一年くらいで、本当に貴重な機会をいただいたなと。だから二度目があるなんて想像していなくて、びっくりしつつも感激しました。
住野 『か「」く「」し「」ご「」と「』の時は、双葉社で出した最初の三作(『君の膵臓をたべたい』『また、同じ夢を見ていた』『よるのばけもの』)の装画を担当してくださったloundrawさん以外の方に描いていただくのが僕もはじめてでしたが、担当編集さんがいつかさんの絵に惚れ込んでお願いしたんですよね。結果、素晴らしい装画を描いてくださって、本当にお願いできてよかったなと思いました。あの作品の人気は、いつかさんのイラストによって支えられている部分もすごく大きいと思っています。
その後、ブルボンの「濃厚チョコブラウニー」のCMのために書き下ろした小説「no doubt」でもいつかさんにキャラクターデザインを手掛けていただいたので、それも入れるとご一緒するのは三回目ですね。
いつか あの時も、私の描いたキャラクターが梶裕貴さんや下野紘さんの声で喋ってる! というのが衝撃的で、また住野さんに夢を見させてもらったなという気持ちでした。大好きな声優さんなので、そのクリエイティブに私も混ぜていただけてとても嬉しかったです。
住野 そうだったんですね! 今思うと、ブルボンの本気を感じる布陣でしたね。いつかさんに、声優さん達もそうだし、音楽はマカロニえんぴつさんという人気者揃い!
いつか マカロニえんぴつさんもあのお仕事をきっかけに聴き始めて、大ファンになりました。今もよく聴いています。
住野 それは僕も嬉しいです! 僕としては、ぜひまたいつかさんに装画を描いてもらえるような作品を書きたい、という話を担当さんたちにしてはいたのですが、よもや今作でお願いすることになるとは、書き始めた当初はまったく考えていませんでした。結構トんでいる部分もあるので、担当さんからイラストレーターさんの希望を何人かあげてほしいと言われた時には、色遣いがビビッドな方など含め三人ほどあげさせていただいて。一方で、新潮社装幀室のデザイナーさんにも候補をあげてもらったんです。そしたら、僕とデザイナーさんのあげた方で唯一被っていたのが、いつかさんだったんです。
いつか そうだったんですか! 光栄です。
住野 表紙は登場人物の笑顔で、という希望がもともと僕の中にはあったんですが、それを考えた時に、いつかさんが描かれる彼女を見てみたいという気持ちがありました。ただ一方で、暴力描写とか、悪い言葉を言ったりするシーンもある作品なので、いつかさんのファンの方たちがショックを受けるんじゃないか、という心配もありました。これまで描かれてきたイラストの世界観みたいなものと合わないと思われるんじゃないか、とか。
でも今は出来上がったカバーを見て、本当に心からお願いしてよかったと思っています。ありがとうございます。
いつか 依頼をいただいた経緯は知らなかったので、伺えて嬉しいです。
デザイナーさんからの最初のメールにたしか、恋愛要素もあるディストピア的な小説で、今までの住野さんの作品とはちょっと違ったエンターテイメント性の高い作品になっています、という風に概要が書かれていたんですが、それでも私の中で「住野さん×新潮社」といえば『か「」く「」し「」ご「」と「』の時のふんわりした優しい空気をまとった作品の印象が強くて。誤解を恐れずに言えば、『歪曲済アイラービュ』を最初に読ませていただいた時はかなり衝撃を受けました。
住野 ですよね(笑)。
いつか 正直に言うと、最初は「本当に私でいいのかな」と思ったりもして。もっとこの作品に合った絵を描ける方がいるのでは、と。でも読み進めていくと、これまでの作品とも通じるものがありましたし、物語の奥にあるメッセージに、やはり住野さんが書かれた小説だな、と感じました。そういう自分が受け取ったものを、私なりに絵にして、読者さんに訴えかけられたらいいなと思えたんです。
住野 そこまで覗き込んで読んでくださったのがすごく嬉しいです。
いつか 住野さんの新たな一面が見られたようで新鮮でした。そして何より、すごく面白かったです!
一篇に一つ「本音」が入っている
住野 今作を書き始めたきっかけは、『この気持ちもいつか忘れる』という作品でコラボしたバンドTHE BACK HORNのボーカルの山田将司さんに、もっと自分を出していった方が読者さんたちも喜ぶんじゃないか、と言ってもらったことなんです。それで、すべての短篇に、今まで読者さんたちに言ってこなかった自分自身のことを必ず一個入れるというルールで書きました。たぶんそれが、新しいと感じていただけたところなのかなと。
いつか そうだったんですね。『か「」く「」し「」ご「」と「』の時はたしか、担当さんの「日常ミステリーを読んでみたい」というリクエストから書かれたとおっしゃっていたので、今作が出来ていった経緯も、今日ぜひ伺ってみたいと思っていたんです。
住野 それで最初に書いたのは一篇目の「滅亡型サボタージュ」ですね。この短篇が「小説新潮」に載った時に、読者さんたちから結構ウケが良くて、じゃあもう久しぶりに、自分の好き勝手にやってみようかなと思ったんです。最近出した本はわりと、担当さんたちからオファーを受けて、自分なりに綺麗にまとめたものだったので、それはそれで良いんですが、もっと「ちゃんとしてない」本も作りたいなと思って。装画をお願いしておいて恐縮な言い方なんですが……。
いつか え、これが「ちゃんとしてない」んですか!? 私は最後まで読んで、展開に「すごい!」と驚いて、もう一回読み直してしまいました!
住野 ありがとうございます! エンタメ小説として楽しんでいただきたいのはいつも通りなので、とっても嬉しいです!
今回はそれに加えて、登場人物たちが言っていることに紛れ込ませて僕の本音も入っている感じです。ただ言いたい放題なので、これ読んで本気で怒る人が一人くらいはいるんじゃないかと。
いつか 私はとても共感しました。登場人物が世の中に対して抱いている不満とか、彼らが感じていることに、わかるなあって思うことが多くて。おこがましいんですけど、もしかしたら住野さんも同じことを感じていらっしゃるのかな、と思ったりしました。
住野 ちなみにどの短篇でしょう?
いつか たくさんあるんですけど、たとえば「炎上系ファンファーレ」の冒頭の「この世って大体~」とか。
住野 「じじいとばばあが」ってやつですね(笑)。和香に共感してくださるとは!
いつか あとは語り手がアーティストの「印象派アティチュード」も、表現活動をする個人として、すごく頷くところが多かったです。「少なくとも多くのまともに生活を送る人々は、こんなにも不安に生きていない」とか。「悪魔流オブリージュ」もとても好きでした!
住野 好きと言ってもらえる短篇は人によって分かれるんですけど、「オブリージュ」は初めて褒められた気がします。
いつか え、本当ですか。私はあのお話、読んでいて泣いてしまいました。「僕たちの先生は悪魔です」という一文からまずすごく興味を惹かれたんですが、思いもよらない方向にお話が展開して……でも、ラストにすごく救われた思いがしたんです。
住野 ありがとうございます。そう言っていただけると、登場人物たちもきっと報われます。
いつか 「地獄行パルクール」もハッとする表現が多くて、たくさんメモしました。こうやってお話ししていくと、それぞれに印象的な言葉があって、好きな短篇、どれか一つにはなかなか決められないですね。
住野 そういえば「嗜好性ボロネーゼ」を読まれたいつかさんがお肉を食べられなくなったらしい、という話を担当さんから聞きまして、僕は結構面白がって書いたシーンなのですが、なんかごめんなさい、という気持ちに……。
いつか お肉、その日は食べられなかったんですけど、一日限定で、今は大丈夫です!
住野 よかったです! 安心しました。
いつか でも文章でそんな気持ちにさせられるのが、やっぱりすごいなって。
住野 文章を、それこそ嗜好に影響を及ぼすほど受け取っていただけるのは、実はちょっと嬉しいです。
「まんま」な登場人物たち
住野 今回の装画ラフを最初に拝見したとき、立ち絵で描いていただいた二人の登場人物が、どちらも本人たちそのもので、びっくりしました。
いつか 本当ですか。よかったです!
住野 ラフの時点でいただいた絵が全部良くて選びきれず、どれをカバーにしていただくか、担当さんともめっちゃ話し合いました。結果的に、新潮社の人たちも選びきれずに、装画のみならず、ポスターとか特典ステッカーとか、宣伝用に全部のイラストをお願いすることになったという……お仕事を増やしてしまって恐縮ですが、読者さんたちにも見てもらえるのは嬉しいです。特典ステッカーになっている配信中の「こなるん」の絵も、あの気だるい感じが、まんまです!
いつか ありがとうございます。こなるんの、お酒飲みながらだらだら喋って配信してる感じがすごく好きで。絶対に死んだ目をしながら話してるんだろうなと思って(笑)、いわゆる「ジト目」の女の子を描かせていただきました。
住野 死んだ目がめっちゃ可愛いかったです!(笑)表紙は、「世界一幸せそうな顔の女の子を描いてほしい」ってお願いして、本当にその通りの絵を描いていただきました。こちらも、もうラフの時点から可愛くて怖くて、いいなって。
いつか ここまで人物どアップの表紙は初めてだったので、そういう意味では結構挑戦でした。人物だけでどう表紙としてもたせるか、ということをずっと考えていました。あと、これは言い方が難しいんですけど、この本が持っているぶっ飛んでる感じというか、どこかに普通ではない感じを出したいなと。で、汗って、ちょっと変態チックに見えたりもしませんか。
住野 わかります。
いつか わかっていただけますか……! 最初は雨のつもりで、彼女の顔の周りに水滴をつけていたんですけど、最終的には、雨にも、汗にも、涙にも見えるようにしたいなと思って、最後まで調整させてもらいました。
あと、彼女が青いレインコートを着ているという描写がすごく印象的で、表紙にしたら絶対綺麗だろうと思い、描かせていただきました。ちなみに、青にされたのは何か理由はあるのでしょうか。彼女の純粋さみたいなものを表しているとか……?
住野 たしかに純粋性というのはあります。彼女ほど純粋に生きてるやつはいないんですよね。それで、原色にしようとまず決めました。彼女は目立たないように、とかそういうことは一切考えていないので、真っ青か真っ赤かな、と思って、でも真っ赤だと、小説でも言及している「ジョーカー」のホアキン・フェニックスを連想させるかなと思って、青にしました。
いつか そうだったんですね。住野さんの小説は、きっと色にも意味があるんじゃないかと想像が膨らみます。
住野 持ち物の色とかは結構気にしています。それこそ『か「」く「」し「」ご「」と「』の時も、五人それぞれの持ち物の色とかを考えて書いていた記憶があります。
いつか 描きながら、表紙の彼女だけが、何も恐れていないというか、臆病じゃない、生きることに真っ直ぐだなと思いました。だから、タイトルにもある「アイラービュ」を彼女の目で訴えかけられたらいいなと。「歪曲済」な「アイラービュ」は、住野さんから読者さんに向けられているものでもあるのかなって思えたんです。
住野 刊行にあたっての著者メッセージでも書いたんですが、読者さんたちに真っ向から愛してるっていうのは恥ずかしいから、こんな風になりました。
いつか こなるんは、「この世界は嫌いだけど、一緒にいてくれるあなたたちは好きだよ」って思ってそうですね。
住野 過去の作品も含めて、これまでで一番自分に近い登場人物はこなるんだと僕は思っていて、これからもそう言い続けるつもりでいます。考えてることは違うけど、彼女に魂を預けました。
それにしても、僕が作りながら思っていたことを、いつかさんが悉く掬い上げて描いてくださっていたことに感激しています。この対談、僕がいつかさんのおっしゃることにずっと同調しているだけに見えるんじゃないかと不安なんですが(笑)、本当に書いている途中から自分が言っていたことばかりで……! 証人が担当さんくらいしかいないんですが、嘘じゃないんです! ですよね?(担当、深く頷く)
いつか よかったです! 私、話すのが得意ではない上に、作家さんと対談させていただくのは初めてで、今日は内心ドキドキしていたのでホッとしました。何より、お話しできてとても楽しかったです。
これからも住野さんの作品は私の本棚の一等地にずっと並んでいるだろうなって思います。一ファンとして、今後も楽しみにしています!
住野 こちらこそです! そして、よろしければまたお仕事をご一緒できたら嬉しいです。
いつか ぜひ。私もそれまで頑張ります!
(すみの・よる 作家)
(いつか イラストレーター)