書評

2025年1月号掲載

城は奥行きが深い鏡

香原斗志『お城の値打ち』(新潮新書)

香原斗志

対象書籍名:『お城の値打ち』(新潮新書)
対象著者:香原斗志
対象書籍ISBN:978-4-10-611069-6

 明治維新を迎えたとき、全国に70棟程度の天守が建っていた。その後多くが失われ、12しか現存していないが、いま日本中の天守を数えると、70どころか90にも達するようだ。その多くは鉄筋コンクリート造だが、外観だけでも正確に復元されているなら、それをとおして往時の景観を偲ぶことができる。だが、そうはなっていない。
 可能なかぎり史実に近づける努力が重ねられたものもあるが、大半は「模擬天守」と呼ばれ、史実を反映していない。かつての姿と異なるだけでなく、天守が建った記録がない城に建つ天守もある。その場合、城を訪れた人は歴史散歩をしているつもりで、歴史への誤解を膨らませてしまう。
 なぜこんなことになったか。それは城という存在の政治的、文化的立ち位置と関係している。
 元来が軍事施設である城は、織田信長が安土城を築いて以降、権力と権威の拠り所となり、権力者が最先端の技術を導入して文化を発信する場になった。ところが、明治政府は城を旧体制の遺物とみなして価値を認めず、保存するという発想をもたなかった。このため明治初期に、大半の城は破壊された。軍用に供する城はそれなりに残されたが、陸軍が使いやすいように改変された挙句、太平洋戦争の空襲の標的となった。
 だが、政府はどうであれ、城は住民にとっては地域のシンボルだったから、戦後復興の過程で、各地に雨後の筍よろしく天守が出現することとなった。なかには復元の水準に高得点をあたえられるものもあるが、悪影響を考えると0点どころか、マイナスの点数をつけるほかないものもある。
 空前の城ブームといわれる昨今だが、よほどの城好きでないと、真贋を見極めるのは難しかろう。そう思ったことが本書の執筆につながった。
 ただし、元号が平成になるころから状況は変わり、各地で温度差こそあれ、史実に忠実な整備が基本になってきた。天守という「点」に終わらず、城域という「面」で整備する動きも盛んである。それはうれしいことだが、景観や建物の高さなどの規制がない周囲との齟齬が生じている場合も少なくない。城の整備が進むほど、広域にわたる歴史的景観への問題意識も台頭せざるをえない。
 このように城は歴史だけでなく、歴史にどう向き合ってきたのか、今日どう向き合っているか、という日本人の歴史意識の歩みと現状から、歴史的環境にとどまらず広く都市全体の整備のあり方まで、多くを映し出す奥行きが深い鏡である。
 入口は天守でいい。この天守はどんな経緯で建ったのか、史実を反映しているのか、どの部分がどういう理由で史実と異なっているのか。そんなことを意識し、頭の片隅に入れてから城と向き合うと、良くも悪くも風景が異なって見えてくる。本書はそのための一助になりたいのである。

(かはら・とし 歴史評論家)

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