書評

2025年3月号掲載

女の弱さと怖さと逞しさ

宮部みゆき『猫の刻参り―三島屋変調百物語拾之続―』

唯川恵

対象書籍名:『猫の刻参り―三島屋変調百物語拾之続―』
対象著者:宮部みゆき
対象書籍ISBN:978-4-10-375016-1

『猫の刻参り―三島屋変調百物語拾之続―』は宮部みゆきさんのライフワーク「三島屋変調百物語」シリーズ第十弾である。
 主人公は三島屋の次男坊・富次郎。黒白の間と名付けた客間で、三島屋が続けている風変りな百物語は、それまでの一座に集まって怪談を披露し合う形式とは違い、語り手は一人、聞き手も一人。富次郎はこの変わり百物語の二代目聞き手として、他言を許されない客人の話を聞き捨てる役目を引き継いだ。
 百物語と三島屋界隈、物語は二つの軸で展開されていく。今回登場する化生のものは、化け猫、河童、山姥とお馴染みの面々であるが、もちろん一筋縄ではいかない。
 まずは一話目の「猫の刻参り」の主人公・おぶんだが、嫁入り先で姑にいびられ、舅に女中扱いされ、夫は家によりつかず、授かった子も亡くしてしまうという悲惨な状況にある。それでも誰もおぶんの悲痛な訴えに耳を傾けない。逃げ場もなく追い詰められていく彼女の復讐のために力を貸すのが、おぶんがかつてかわいがっていた猫・シマっこである。後半、夫らに対して猫神による辛い「仕置」があるのだが、その予想外のやり方に思わず快哉を叫んでしまった。ぜひ、楽しみにしていただきたい。
 登場する女たちは、皆、健気でもあるが孤独でもある。化生のものはそんな女たちに寄り添ってくれる。二話目の「甲羅の伊達」もしかり。殲滅の危機に瀕した安良村の娘・みぎわが、水に棲むヌシ様・河童の三平太の御力を得るのである。三話目「百本包丁」では、大火事から逃れ、山奥の御館で庖丁人として奉公する松江・初代母娘が、山の神様の加護を受ける。
 その展開には心が救われる。が、それとは対照的に、自ら惨状を産みだしてしまう女も登場する。まさに花蝶がそうである。
 伊元屋自慢の娘・花蝶は美人で評判だった。十五ほどで藩主に一目惚れされ、城代家老の養女となるが「この女、既にして生娘にあらず」とわずか半年で返されてしまう。外聞をはばかる伊元屋のはからいで領内の尼寺に追いやられるが、やがて近隣の馬淵村の職人頭の倅たちにすっかり熱を上げられ、嫁入りすることになる。しかし彼女はその美貌とエロさで夫どころか、村男全員を骨抜きにしてしまうのだ。それが発端となり大火事へと繋がっていく。昔も今も、男をとことんダメにしてしまう女はいるものである。
 惨事から逃れたものの花蝶の怨念は凄まじく、女どころか人さえ超えた邪悪な化け物に変わり果てる。その姿にはぞっとするが、同時に思うのだ、どんな女の中にも花蝶が住んでいると……。
 この「百本包丁」には山姥が登場する。御館から逃げ出した理由が痛ましいのだが、花蝶が執着したものと山姥が欲したものは、根底で大した違いはないのかもしれない。どちらにしろ、化生のものとなった彼女たちの凄絶な末路は、主人公たちとはまた別の哀しさをもたらす。その哀しみも味わい深く描かれていて、そこがまた宮部ワールドならではである。
 さて、終章のキーパーソンとなるのは、三島屋が誇る美丈夫、富次郎の兄・伊一郎である。
 万事に賢く、少し冷淡だが人好きするという性分の伊一郎は、十七歳の美しい静香と恋におちる。静香は大店の次女なのだが、皮肉なことに主は静香の姉・真咲と伊一郎を添わせようと動き始める。やがて姉妹の中はこじれ、この縁談を巡って、互いの家を巻き込む大騒動となってしまう。
 私としては一途な静香に同情しつつ読み進めていったのだが、予想外の展開に思わず声を上げてしまった。恋というドーパミンに支配された静香の行動に、読み手はきっと粟立つだろう。純粋の裏には無知が潜んでいる、それを思い知らされた。
 そして最後、富次郎はシリーズの要所で登場するあの世とこの世を行き来する商人と「命の取引き」を交わすことになる。最初、その条件があまりに重く、救いようがないと思えたが、やがて気づいた。宮部さんは決して彼に残酷な刑を与えたのではない。むしろ、生きるということの真の意味を深く受け止められるようにしたのだ。
 心地よい余韻に浸りながら本を閉じると、長い旅から帰って来たような気持ちになった。同時に、すでに次作を待ち遠しく思っている自分がいる。

(ゆいかわ・けい 作家)

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