書評

2025年3月号掲載

「美しい韓国人」に記者がストレートに切り込んだ

エリース・ヒュー、金井真弓 訳、桑畑優香 韓国語監修
『美人までの階段1000段あってもう潰れそうだけどこのシートマスクを信じてる』

桑畑優香

対象書籍名:『美人までの階段1000段あってもう潰れそうだけどこのシートマスクを信じてる』
対象著者:エリース・ヒュー/金井真弓 訳、桑畑優香 韓国語監修
対象書籍ISBN:978-4-10-507441-8

「気になるなら、取ればいいじゃない。わたしは目を大きくしたいの」
 いともたやすくこう言ったのは、韓国人の友人でした。約20年前、一緒にご飯を食べながら「左ほおの濃いシミがずっと気になっていて……」と打ち明けた時のこと。その数年後に再会した時、彼女の目は本当に大きくなっていました。ついじーっと瞳を見つめながらも形の変化にはなぜか触れてはいけないような気がして、あえて話題に出さないまま。それでいながら、さらに濃くなった自分のシミが恥ずかしくてうつむきがちだった記憶があります。
 以来、テレビを見るたびに韓国人の顔を観察するようになりました。ドラマに出ている俳優もK-POPアーティストも、たいていシミどころかホクロもありません。一国を代表する政治家の方々もしかり。著名人だけでなく、ほぼすべての友だちの顔からも、近年急速にホクロやシミが消えていく現象に気がつきました。ソウルのカフェでは、鼻に大きな絆創膏を貼っていたり、顎を固定する包帯を巻いたりした人がスイーツをほおばっている姿を見かけることもしばしばです。日本では「する」だけでなく、「語ること」さえタブー感が漂うお顔の密事。ふと周りを見れば、コンビニにもドラッグストアにも韓国コスメがあふれています。隣の国は、なぜかくも美容大国になったのか――。
 ファッションやコスメ、ドラマや音楽など韓国カルチャーが身近にある日本では、「韓国人がきれい」なのは、あたりまえのようになっていて本質が見えにくい。そこにまっさらな感性でストレートに切り込んだのが、エリース・ヒューさんです。NPR(米国公共ラジオ放送)の特派員として、2015年の初めから2018年の終わりまでソウルに滞在。それまで生まれてから30年間気にしなかった(むしろキュートだと思っていた)そばかすに「おおおお、チュグンケ(そばかす)!」とリアクションされたり皮膚科を勧められたりすることに違和感を抱いたエリースさんは、「記者としてではなく、女性としての好奇心から」「これまで目にしたり雑誌で読んだりした、あらゆるベトベトの商品を試す」ことに。その視点には、アジア系アメリカ人記者というアイデンティティならではの、外からの観察眼と、内側からの共感がバランスよく共存しています。
 エリースさんは、フットワーク抜群。そばかすを消すためのBBクリームはもちろんのこと、カンナムのクリニックでの毛穴吸引や顔面注射(274回)にも果敢にチャレンジします。麻酔クリームを塗ったにもかかわらずしっかりと感じる施術の痛みや、ダウンタイムの顔の腫れを体感し、医師の前で「こんな思いをするのは何のためでしょうね」と泣き言を言いながら。さらには生後8週間(!)の娘を、韓国では珍しくないというフェイシャルエステに連れていったりも。取材と実益を兼ねて、まさに本書のタイトルである「美人までの階段」を登っていくのです。
 ジャーナリストとしてのエリースさんのさらなる本領が発揮されるのは、そこからです。自ら美容体験を重ねて、見た、感じた疑問をもとに、7歳から73歳まで何百人もの韓国人女性をインタビュー。文献とともに韓国が美容大国になった理由をつまびらかにしていきます。
 とりわけ興味深かったのは、歴史をひもとき、化粧品を「女性たちの武器」であると定義していたこと。日の当たらない屋内で夫に仕えるのが女性の美徳とされた朝鮮王朝時代は、白いきれいな肌が美の象徴だったといいます。ところが日本の植民地時代以降、洋装に化粧をした「モダンガール」が台頭。メイクによって階級やジェンダーや民族性を「偽装する」ことができたと、著者は説きます。また、1970年代の朴正煕政権下では政府支給の制服を着ていた工場労働者の女性たちが、華やかなメイクをしたことについては、化粧が「反逆と抵抗の象徴として」「現代性や自由も誇示した」とも。
 本書には、K-POPマネジメント会社の体重制限や、ルッキズムの深い闇も記されていて、決して美容礼賛の本ではありません。でも、読み終えた後に、思ったのです。「気になるなら、取ればいいじゃない。小さなコンプレックスから自由になるなら」と。かくして、この原稿をかいているわたしの顔には、先日シミを取った跡がかさぶたとして残っています。これからどこまで「階段」を上ることになるのか、途中で降りるのか。悩んだ時には、再びこの本と向き合ってみたいと思います。

(くわはた・ゆか 翻訳家、ライター)

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